法人向け 家庭向け

【第3回】再選トランプ政権の関税政策とエネルギー分野への波紋 〜素材・鉱物資源の安定確保とサプライチェーン強靭化を巡る論点〜

一般社団法人エネルギー情報センター

新電力ネット運営事務局

【第3回】再選トランプ政権の関税政策とエネルギー分野への波紋 〜素材・鉱物資源の安定確保とサプライチェーン強靭化を巡る論点〜の写真

2025年4月、再選トランプ政権が発動した「相互関税(Reciprocal Tariff)」政策は、日本のエネルギー分野にも引き続き多方面の影響を及ぼしています。 第1回では制度発足の背景と太陽光・LNG・蓄電池への直接的影響を整理し、第2回では企業・自治体の現場対応と政府の制度支援の動向を追いました。本稿は最終回として、これまでの影響がさらに素材・鉱物資源というサプライチェーンの川上分野にどのように波及し、どのような実務課題を生んでいるのか整理します。エネルギー安全保障・経済安全保障双方の観点から、素材確保戦略がいよいよ重要局面に入りつつあります。

1. 重希土類を巡る素材供給の不透明化

米中対立の長期化と相互関税措置が重なる中で、素材供給網における地政学リスクが一段と顕在化しています。特に、レアアースの中でも重要性が高い重希土類※1を中心に、日本の風力発電や蓄電池分野への影響が現れ始めています。

※1【重希土類】:ジスプロシウム、テルビウム等。永久磁石や高効率モーターなどの高性能材料に使用される希少金属群。

(1) 中国の輸出規制強化とサプライチェーン圧迫

2025年春、再選トランプ政権による「相互関税(Reciprocal Tariff)」政策の発動にあわせ、米中間の通商対立は素材分野にも波及しています。こうした通商環境の緊張を背景に、中国政府は国家安全保障法の枠組みを活用し、一部重希土類(ジスプロシウム、テルビウム等)の輸出審査を厳格化しました。中国は世界の希土類加工能力の約90%を握り、重希土類の供給制御は国際市場に重大な影響を及ぼしています。

重希土類は、洋上風力発電用の大型永久磁石※2や電気自動車(EV)向けの高効率モーター※3磁石に不可欠であり、日本企業も長年にわたり中国依存を続けています。輸出規制の影響を受け、国内市場でも価格上昇や一部調達遅延が報告されています。日本経済新聞(2025年6月7日報道)によれば、ジスプロシウムおよびテルビウムの国際価格はわずか1カ月間で約3倍に急騰し、過去最高値を更新したとされています。

こうした素材コストの上昇は、洋上風力発電をはじめとする大型プロジェクトの事業収支試算や融資審査上のコスト前提修正にも影響を及ぼしつつあります。通商環境の不透明化が、エネルギーインフラ事業の採算性に新たなリスク要素として顕在化しつつあります。

※2【大型永久磁石】:風力発電タービンの回転軸に使用される大型の磁石部材。
※3【高効率モーター】:電気自動車(EV)の駆動系に使用される高性能モーター。重希土類の磁性材料が性能を左右する。

【図表】主要国における重要鉱物の加工シェア(2023年時点)
出典:Statista, Top countries by share in global processing of selected critical minerals in 2023 (in percent)

(2) 代替技術開発の加速と適用拡大

こうした中国依存リスクを受け、国内外で重希土類フリー磁石※4の開発が加速しています。これまで代替技術の研究は進められてきましたが、実用化に向けては磁力・耐熱性・コストの面で課題が残っていました。国際市況の高騰や地政学リスクの高まりを背景に、企業の投資判断と政府の開発支援が重なり、実用化フェーズが現実味を帯びつつあります。
代表的な動きとして、Proterial(旧日立金属)は粒径制御や結晶組織の最適化技術を活用し、重希土類を含まない高性能ネオジム磁石の量産技術実証を2025年5月から開始しています。さらに、100kW級の脱重希土類フェライト磁石モーターの試作にも成功しており、車載や風力用途を見据えた製品化に向けた取り組みが進められています。

政府系機関のNEDOでも、産学連携による高耐熱・高磁力化研究が本格化しており、量産適用に向けた実証段階に移行しています。加えて、トヨタ自動車では2018年時点でネオジム使用量を最大50%削減した耐熱磁石を開発し、既に一部量産車への搭載が進んでいます。
代替技術の開発は着実に進んでいますが、一方で量産コストや素材供給網の安定化、国際規格への適合といった実務面の課題も残っています。各社では、調達多様化策とあわせ、技術代替リスクをどの段階で契約や融資条件に織り込むかといった経営判断が求められる局面に入っています。

※4【重希土類フリー磁石】:高価な重希土類を使わずに性能を確保する新型磁石。安定調達に貢献すると期待される。

2. 洋上風力・送電インフラに広がる素材コスト上昇

素材サプライチェーンの川上分野でも影響が広がっています。鉄鋼や電磁鋼板※5などのインフラ素材は、米国の関税強化を背景に国際市況が高止まり傾向となり、国内エネルギー設備コストにも波及しつつあります。

※5【電磁鋼板】:変圧器・モーター・発電機に使われる鉄鋼素材。電力損失を抑える特殊な鋼材。

(1)厚板鋼材の需給逼迫とコスト圧力

洋上風力発電の導入が進む中で、基礎構造部材として使用される厚板鋼材※6の需要も着実に増加しています。洋上風力発電では、「洋上風力産業ビジョン」に基づき、2030年までに累計10GW、2040年までに30〜45GWの導入目標が設定されています。2024年末時点では、制度公募による事業者選定を含めた導入量が累計5.1GWに達しています。

こうした導入拡大を背景に、厚板鋼材の国内需要は今後累計で数十万〜100万トン規模へ拡大していく見通しです。JFEスチールや神戸製鋼所などが厚板製造設備の強化を進めており、供給体制整備が進められているものの、具体的な生産増強幅は公表されていません。

また、米国の鉄鋼関税強化の影響を受けた国際鋼材市況の高止まりも、国内流通価格の上昇圧力となっています。足元では厚板価格はおおむね安定水準を維持しているものの、原料高や契約条件の見直し圧力が高まってきています。

※6【厚板鋼材】:厚さ25mm以上の鋼板。洋上風力発電のモノパイル(海底基礎)に使用される。

出典:経済産業省 資源エネルギー庁「洋上風力発電の導入状況(2024年12月時点)」

(2)電磁鋼板の安定供給確保に向けた対応

送電インフラ整備においても、電磁鋼板の安定確保が課題となっています。住友電工や古河電工など国内主要メーカーが高効率グレードの生産体制を強化していますが、一部の高性能グレードでは依然として海外依存が残っています。

この続きを読むには会員登録(無料)が必要です。

無料会員になると閲覧することができる情報はこちらです
電力の補助金

補助金情報

再エネや省エネ、蓄電池に関する補助金情報を一覧できます

統計情報

統計情報(Excel含)

エネルギー関連の統計情報をExcel等にてダウンロードできます

電力入札

入札情報

官公庁などが調達・売却する電力の入札情報を一覧できます

電力コラム

電力コラム

電力に関するコラムをすべて閲覧することができます

電力プレスリリース

プレスリリース掲載

電力・エネルギーに関するプレスリリースを掲載できます

電力資格

資格取得の支援

電験3種などの資格取得に関する経済支援制度を設けています

はてなブックマーク

執筆者情報

一般社団法人エネルギー情報センターの写真

一般社団法人エネルギー情報センター

新電力ネット運営事務局

EICは、①エネルギーに関する正しい情報を客観的にわかりやすく広くつたえること②ICTとエネルギーを融合させた新たなビジネスを創造すること、に関わる活動を通じて、安定したエネルギーの供給の一助になることを目的として設立された新電力ネットの運営団体。

企業・団体名 一般社団法人エネルギー情報センター
所在地 〒160-0022
東京都新宿区新宿2丁目9−22 多摩川新宿ビル3F
電話番号 03-6411-0859
会社HP http://eic-jp.org/
サービス・メディア等 https://www.facebook.com/eicjp
https://twitter.com/EICNET

関連する記事はこちら

一般社団法人エネルギー情報センター

2026年02月11日

新電力ネット運営事務局

電力小売全面自由化から10年 数字が語る制度と市場の現実【第3回】なぜ私たちは、10年経っても「電気代の比較」で迷い続けるのか

電力小売全面自由化から10年が経過し、電気料金のメニューや契約形態は大きく多様化しました。 一方で、どの電気契約が有利なのかという問いは、いまも多くの現場で解消されないまま残っています。 見積書を並べ、単価を比較し、条件を読み込んでも、最後の判断に踏み切れない。こうした迷いは、単なる理解不足や情報不足として片づけにくいものになっています。 判断が難しくなる背景には、情報の量ではなく、比較に持ち込まれる情報の性質が揃わなくなったことがあります。 単価のように「点」で示せる情報と、価格変動や運用負荷のように時間軸を含む「線」の情報が、同じ比較枠の中で扱われやすくなっているためです。 本稿では、この混線がどこで起きているのかを整理します。

一般社団法人エネルギー情報センター

2026年01月19日

新電力ネット運営事務局

2025年の電力先物市場:年間取引量4,583GWhで過去最高更新、年度物導入と中部エリア上場を控えた市場の変化

価格変動リスクへの対応を意識した取引行動が、実務レベルで具体化し始めた一年となりました。 制度面では年度物取引の導入、取引環境では流動性改善やコスト低減策が進み、企業側では中長期のヘッジ設計を見直す動きが重なりました。こうした複数の要因が同時に作用した結果、東京商品取引所(TOCOM)における電力先物の年間取引量は約4,583GWhと、前年比約5倍に拡大し、過去最高を更新しています。 中でも、東エリア・ベースロード電力先物が前年比約5倍、西エリア・ベースロード電力先物が前年比約3倍と伸長し、主要商品の取引が全体を押し上げた形となりました。加えて、2025年5月に取引を開始した年度物取引も、市場拡大を牽引する要素となっています。 本稿では、2025年通年の動向を中心に、市場拡大の背景と今後の論点を整理します。

一般社団法人エネルギー情報センター

2026年01月19日

新電力ネット運営事務局

電力小売全面自由化から10年 数字が語る制度と市場の現実【第2回】10年で広がった、「経営の期待」と「現場の実務」の距離

「自由化から10年」という節目を迎え、制度の成果や市場の成熟度をめぐる議論が活発化しています。 現場の会話をたどると、同じキーワードでも立場により意味がずれます。 たとえば、経営の「コスト削減」は現場では「業務負荷の増加」、制度側の「安定供給」は供給現場では「柔軟性の制約」として現れます。 第2回では、こうした変化のなかで生じている立場ごとの認識のずれを整理し、経営・現場・供給事業者という三つの視点から、なぜ議論が噛み合わないのかを構造的に考察します。

一般社団法人エネルギー情報センター

2025年12月31日

新電力ネット運営事務局

電力小売全面自由化から10年、数字が語る制度と市場の現実【第1回】数字の区切りに惑わされず、いまの制度と市場を見直す

「自由化から10年」という言葉が、各所で頻繁に取り上げられるようになりました。 しかし、制度の導入や市場設計の見直しが今も続いており、電力を取り巻く環境は「完成」に近づくどころか、なお変化の途上にあります。 本稿では、数字がもたらす完了感と、制度・市場の実態との間にあるずれを整理し、“節目”という言葉の意味をあらためて考えます。

一般社団法人エネルギー情報センター

2025年12月27日

新電力ネット運営事務局

政府も注目する次世代エネルギー  核融合の仕組みと可能性 【第5回】社会実装と中長期シナリオ 2030年代のロードマップと日本の戦略

これまで4回にわたり、核融合という次世代エネルギーの可能性を、研究・技術・制度の観点からたどってきました。長らく“夢のエネルギー”と呼ばれてきた核融合は、いま確実に社会の現実へと歩みを進めています。 最終回となる今回は、社会実装に向けたロードマップと、日本が描くべき中長期戦略を考えます。 核融合が“希望の象徴”で終わらず、私たちの暮らしに息づくエネルギーとなるために、次の時代に向けた道筋を描きます。