【第3回】再選トランプ政権の関税政策とエネルギー分野への波紋 〜素材・鉱物資源の安定確保とサプライチェーン強靭化を巡る論点〜

2025年06月29日

一般社団法人エネルギー情報センター

新電力ネット運営事務局

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2025年4月、再選トランプ政権が発動した「相互関税(Reciprocal Tariff)」政策は、日本のエネルギー分野にも引き続き多方面の影響を及ぼしています。 第1回では制度発足の背景と太陽光・LNG・蓄電池への直接的影響を整理し、第2回では企業・自治体の現場対応と政府の制度支援の動向を追いました。本稿は最終回として、これまでの影響がさらに素材・鉱物資源というサプライチェーンの川上分野にどのように波及し、どのような実務課題を生んでいるのか整理します。エネルギー安全保障・経済安全保障双方の観点から、素材確保戦略がいよいよ重要局面に入りつつあります。

1. 重希土類を巡る素材供給の不透明化

米中対立の長期化と相互関税措置が重なる中で、素材供給網における地政学リスクが一段と顕在化しています。特に、レアアースの中でも重要性が高い重希土類※1を中心に、日本の風力発電や蓄電池分野への影響が現れ始めています。

※1【重希土類】:ジスプロシウム、テルビウム等。永久磁石や高効率モーターなどの高性能材料に使用される希少金属群。

(1) 中国の輸出規制強化とサプライチェーン圧迫

2025年春、再選トランプ政権による「相互関税(Reciprocal Tariff)」政策の発動にあわせ、米中間の通商対立は素材分野にも波及しています。こうした通商環境の緊張を背景に、中国政府は国家安全保障法の枠組みを活用し、一部重希土類(ジスプロシウム、テルビウム等)の輸出審査を厳格化しました。中国は世界の希土類加工能力の約90%を握り、重希土類の供給制御は国際市場に重大な影響を及ぼしています。

重希土類は、洋上風力発電用の大型永久磁石※2や電気自動車(EV)向けの高効率モーター※3磁石に不可欠であり、日本企業も長年にわたり中国依存を続けています。輸出規制の影響を受け、国内市場でも価格上昇や一部調達遅延が報告されています。日本経済新聞(2025年6月7日報道)によれば、ジスプロシウムおよびテルビウムの国際価格はわずか1カ月間で約3倍に急騰し、過去最高値を更新したとされています。

こうした素材コストの上昇は、洋上風力発電をはじめとする大型プロジェクトの事業収支試算や融資審査上のコスト前提修正にも影響を及ぼしつつあります。通商環境の不透明化が、エネルギーインフラ事業の採算性に新たなリスク要素として顕在化しつつあります。

※2【大型永久磁石】:風力発電タービンの回転軸に使用される大型の磁石部材。
※3【高効率モーター】:電気自動車(EV)の駆動系に使用される高性能モーター。重希土類の磁性材料が性能を左右する。

【図表】主要国における重要鉱物の加工シェア(2023年時点)
出典:Statista, Top countries by share in global processing of selected critical minerals in 2023 (in percent)

(2) 代替技術開発の加速と適用拡大

こうした中国依存リスクを受け、国内外で重希土類フリー磁石※4の開発が加速しています。これまで代替技術の研究は進められてきましたが、実用化に向けては磁力・耐熱性・コストの面で課題が残っていました。国際市況の高騰や地政学リスクの高まりを背景に、企業の投資判断と政府の開発支援が重なり、実用化フェーズが現実味を帯びつつあります。
代表的な動きとして、Proterial(旧日立金属)は粒径制御や結晶組織の最適化技術を活用し、重希土類を含まない高性能ネオジム磁石の量産技術実証を2025年5月から開始しています。さらに、100kW級の脱重希土類フェライト磁石モーターの試作にも成功しており、車載や風力用途を見据えた製品化に向けた取り組みが進められています。

政府系機関のNEDOでも、産学連携による高耐熱・高磁力化研究が本格化しており、量産適用に向けた実証段階に移行しています。加えて、トヨタ自動車では2018年時点でネオジム使用量を最大50%削減した耐熱磁石を開発し、既に一部量産車への搭載が進んでいます。
代替技術の開発は着実に進んでいますが、一方で量産コストや素材供給網の安定化、国際規格への適合といった実務面の課題も残っています。各社では、調達多様化策とあわせ、技術代替リスクをどの段階で契約や融資条件に織り込むかといった経営判断が求められる局面に入っています。

※4【重希土類フリー磁石】:高価な重希土類を使わずに性能を確保する新型磁石。安定調達に貢献すると期待される。

2. 洋上風力・送電インフラに広がる素材コスト上昇

素材サプライチェーンの川上分野でも影響が広がっています。鉄鋼や電磁鋼板※5などのインフラ素材は、米国の関税強化を背景に国際市況が高止まり傾向となり、国内エネルギー設備コストにも波及しつつあります。

※5【電磁鋼板】:変圧器・モーター・発電機に使われる鉄鋼素材。電力損失を抑える特殊な鋼材。

(1)厚板鋼材の需給逼迫とコスト圧力

洋上風力発電の導入が進む中で、基礎構造部材として使用される厚板鋼材※6の需要も着実に増加しています。洋上風力発電では、「洋上風力産業ビジョン」に基づき、2030年までに累計10GW、2040年までに30〜45GWの導入目標が設定されています。2024年末時点では、制度公募による事業者選定を含めた導入量が累計5.1GWに達しています。

こうした導入拡大を背景に、厚板鋼材の国内需要は今後累計で数十万〜100万トン規模へ拡大していく見通しです。JFEスチールや神戸製鋼所などが厚板製造設備の強化を進めており、供給体制整備が進められているものの、具体的な生産増強幅は公表されていません。

また、米国の鉄鋼関税強化の影響を受けた国際鋼材市況の高止まりも、国内流通価格の上昇圧力となっています。足元では厚板価格はおおむね安定水準を維持しているものの、原料高や契約条件の見直し圧力が高まってきています。

※6【厚板鋼材】:厚さ25mm以上の鋼板。洋上風力発電のモノパイル(海底基礎)に使用される。

出典:経済産業省 資源エネルギー庁「洋上風力発電の導入状況(2024年12月時点)」

(2)電磁鋼板の安定供給確保に向けた対応

送電インフラ整備においても、電磁鋼板の安定確保が課題となっています。住友電工や古河電工など国内主要メーカーが高効率グレードの生産体制を強化していますが、一部の高性能グレードでは依然として海外依存が残っています。

電磁鋼板は変圧器鉄心や高圧送電設備に使用される重要部材であり、海外需給動向や為替変動がコスト前提に影響を及ぼす要因となっています。特に円安局面では、輸入原材料費の上昇が事業収支に対する負担となりやすく、事業計画上の不確実性が意識され始めています。

(3)素材コスト上昇から融資審査・採算性リスクへの波及

こうした素材価格の高止まりは、大型インフラ事業の採算性に直接影響を及ぼしています。たとえば、洋上風力発電の一部大型案件(秋田・山形沖の第2ラウンド公募案件など)では、総事業費が1兆円を超える規模に拡大しており、厚板鋼材や電磁鋼板の価格上昇が長期収支計画(PPA契約※7や内部収益率試算※8)に反映されています。

この動きは金融機関のプロジェクトファイナンス審査にも波及しています。素材コストの変動が新たなリスク要素として認識され、融資条件の見直しや耐性検証が進められています。採算性の前提修正が事業計画全体の資金調達環境にも影響を与えています。

今後は、制度設計の面でも素材価格変動リスクを契約設計や価格調整メカニズムにどのように組み込むかが、重要な政策課題となりつつあります。

※7【PPA契約】:Power Purchase Agreement(電力購入契約)。発電事業者と需要家が長期で結ぶ売電契約。再エネ案件の採算計算の基礎となる。
※8【内部収益率(IRR)】:投資採算性の指標。将来キャッシュフローに基づき、プロジェクト収益性を算出する利回り。

3. 日米通商交渉:素材分野が新たな交渉軸に浮上

重希土類や戦略鉱物を巡るサプライチェーンの脆弱性は、日米通商外交における新たな論点として浮上しています。これまで自動車や半導体が主な交渉分野だった日米経済対話においても、素材供給網の強靱化が経済安全保障の重要テーマとなりつつあります。

(1) 戦略鉱物を巡る関税除外協議の開始

2025年6月上旬に開催された日米経済パートナーシップ対話(第5回会合)では、日本政府がリチウム・ニッケル・レアアースなどの戦略鉱物を対象に、相互関税除外枠制度※9の創設を正式に提案しました(Reuters報道、2025年6月5日)。米国側も、中国依存からの脱却を重要課題と位置づけており、制度協議入りに前向きな姿勢を示しています。今後は、安全保障上の優遇供給先制度や相互承認枠組みの制度設計が、日米交渉の焦点となる見通しです。

※9【相互関税除外枠制度】:日米間で対象鉱物の関税を相互に免除する優遇供給制度。サプライチェーン安定化が目的。

(2) 多国間枠組みで進む制度協調

日米間の協議に加え、多国間枠組みにおける素材供給網の制度整備も進んでいます。2024年のG7サミットでは「重要鉱物パートナーシップ原則」が採択され、共同備蓄や域内探鉱促進、精錬投資誘導などの政策メニューが整理されています。
また、IPEF(インド太平洋経済枠組み)※10では、日米豪印4カ国を中心にリチウムやニッケルの新規開発案件に関する具体的な協議が進められています。
ただし、各国の国家資源政策や利害調整には時間を要しており、制度形成は段階的に進展しつつあります。

※10【IPEF(インド太平洋経済枠組み)】:アメリカ主導の新経済枠組み。通商・供給網・インフラ整備等でアジア太平洋諸国と連携。

まとめ

今回の相互関税政策を契機に、素材・鉱物資源分野は通商・安全保障・産業政策が交錯する重点領域へ急速に浮上してきました。とくに重希土類・鉄鋼・電磁鋼板・戦略鉱物といった川上素材の安定確保は、企業の調達戦略やインフラ投資の事業採算性に直結する構造へと移行しつつあります。

今後は、各国通商交渉の進展に加え、企業サイドでも素材価格リスクのヘッジやサプライチェーンの柔軟性確保が一層重要性を増していくと考えられます。制度形成の動向を適切に捉えつつ、現場での契約設計や調達戦略の見直しを同時に進めることが、エネルギー分野実務における競争力維持に直結していきます。

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