【第3回】電気主任技術者の人材不足とは? 〜効率的な保安制度の構築と今後の展望〜
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2025年05月19日
一般社団法人エネルギー情報センター

これまで2回にわたり、電気主任技術者の人材不足に関する背景や、業界・行政による育成・確保の取り組みを紹介してきました。最終回となる今回は、『制度』の観点からこの課題を詳しく見ていきます。特に、保安業務の効率化やスマート保安の導入、制度改革の現状と課題を具体例とともに解説し、今後の展望を詳しく見ていきます。
1.再エネ・EV時代に立ちはだかる保安制度の限界
電気主任技術者制度は、長年にわたり日本の電気保安を支えてきた仕組みですが、近年は電気設備を取り巻く環境が大きく変化しています。
再生可能エネルギー(太陽光や風力)発電所の増加、蓄電池設備の導入拡大、電気自動車(EV)充電インフラの急増など、これまでになかったタイプの電気設備が全国各地に設置されるようになりました。
これらの設備は、郊外や山間部など分散的に設置されることが多く、既存制度における拠点ごとの資格者配置との間に大きなギャップが生じています。特にEV充電スタンドは中小規模事業者や自治体、商業施設など多様な主体が導入しており、保安管理体制の構築が追いついていないのが現状です。
たとえば、2022年度の調査では、太陽光発電設備が全国に93万件超設置されている一方で、それらの設備の多くが非選任施設※2であり、個別に電気主任技術者が配置されていないケースも多数見られます(出典:電気主任技術者制度について 令和5年3月31日)。
こうした背景のもと、制度と現実のミスマッチが深刻化しており、今や構造的な問題となっています。
※2)非選任施設:電気主任技術者の選任が法的に義務付けられていない小規模な電気設備施設。
2.スマート技術で変わる保安のかたち
経済産業省は「スマート保安※3」の導入を推進しています。これは、IoT(センサー等)やAI、クラウドなどのデジタル技術を活用し、保安業務を効率化・高度化する取り組みです。経済産業省が公開した「スマート保安先進事例集」(令和6年2月)では、実際に導入が進むスマート保安の具体的な運用例が多数紹介されています。
※3)スマート保安:IoTセンサーやAI、ドローン、クラウドなどのデジタル技術を活用して、従来の目視・現地確認中心の保安業務を効率化・高度化する取り組み。
(1) まもる君」による低圧設備のスマート点検支援
一般社団法人関西電気管理技術者協会では、低圧設備に対応したスマート保安支援ツール「まもる君」を用い、巡視点検時にタブレット端末で設備情報を即時共有する運用を行っています。従来の紙記録と比べて報告時間が大幅に短縮され、属人的だった記録が標準化されたことで、技術者の負担軽減と品質向上を同時に実現しました。
(2)東京電力PGによる送電線巡視のスマート化
東京電力パワーグリッド株式会社(東京PG)では、送電線の巡視点検にドローンを活用。AIによる画像判定で、異常個所の早期発見と対応判断の迅速化を図っており、特に山間部など人手による巡視が難しい地域で高い効果を挙げています。これらの取組は、スマート保安の導入が単なる業務効率化にとどまらず、地域インフラの維持や災害時対応力の向上にも寄与することを示しています。

出典:スマート保安技術の活用促進について 令和6年3月19日 産業保安グループ 電力安全課
(3)NECによる3D点群データを活用した異常検知技術
NECが提供する『3D点群データ※4』を活用した異常検知技術も注目されています。これは、変電所や配電設備の構造を立体的にデジタル再現することで、設備の歪みや腐食といった異常を早期に可視化するものです。作業者の主観に依存しない定量的な判断が可能となり、点検精度と再現性の向上が期待されています。
※4)3D点群データ:建物や設備を3次元的に計測・デジタル化するためのデータ。変形や腐食などの異常を立体的に把握できる。

出典:スマート保安技術の活用促進について 令和6年3月19日 産業保安グループ 電力安全課
3.現場ニーズに応じた制度改革の方向性
2024年度から経済産業省は、スマート保安の制度的な標準化に向けて「遠隔点検の条件整備」や「電子帳票の信頼性担保(タイムスタンプ認証等)」に関するガイドラインの検討を進めています。これにより、実務上の新技術導入だけでなく、制度上の位置づけや信頼性確保が制度面から後押しされる見通しです。 急速に進む電力インフラの変化に対応するには、制度面での柔軟な見直しが不可欠です。既存制度の限界が指摘される中、国は新たな保安体制の構築に向けて段階的な制度改正を進めています。以下では、その中核となる3つの視点から、今後の制度設計の方向性を見ていきます。
(1) 非選任型の保安体制の拡充
分散型の再エネ発電所やEV充電設備など、常駐の必要性が低い設備に対しては、地域単位での保安管理やリモート監視・点検など、柔軟な体制整備が求められています。
2023年の制度見直しにおいては、「共同選任の拡充」や「グループ単位での管理体制の許容」など、現実に即した柔軟な運用が検討されています(出典:電気主任技術者の人材の不足に係る業界の現状と人材確保のための取組 令和5年10月26日)。
(2) デジタル技術との連携による業務効率化
分散配置された再エネ施設に対し、AIによるトラブルの予兆検知やドローンを使った設備点検、遠隔モニタリングの導入が進んでいます。
実際、九州エリアの保安法人では、AI診断を活用した点検で不具合の早期発見率が20%向上したという実績も報告されています。こうした技術を制度的にも正規の点検手段として認め、「現地常駐型」から「監視・分析・対応型」への移行を後押しすることが求められています。
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執筆者情報

一般社団法人エネルギー情報センター
EICは、①エネルギーに関する正しい情報を客観的にわかりやすく広くつたえること②ICTとエネルギーを融合させた新たなビジネスを創造すること、に関わる活動を通じて、安定したエネルギーの供給の一助になることを目的として設立された新電力ネットの運営団体。
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