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グリーン水素の今後の展望・活用例②

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前編では、グリーン水素の基本的な仕組みや国内外の政策、実証実験について解説しました。グリーン水素は、二酸化炭素(CO2)を排出しないクリーンエネルギー源として、気候変動対策の鍵を握る存在です。後編では、その普及に向けた課題と解決策、さらに具体的な活用例を掘り下げていきます。これにより、グリーン水素が私たちの生活や産業にどのように影響を与えるかををお伝えします。

グリーン水素普及に向けた課題解決の取り組み

1 .コスト削減への取り組み

グリーン水素の普及において、コスト削減は最大の課題です。この課題に対応するため、日本政府は2024年5月に「水素社会推進法」に基づき、「価格差に着目した支援制度」を導入しました。この制度は、供給事業者と需要事業者が共同で立てる計画を基に、供給インフラの整備や価格差補填、助成金交付を実施し、2030年までに水素供給コストを「30円/Nm³」、2050年には「20円/Nm³以下」に削減する目標を掲げています。

輸送効率を向上させるため、MCH(メチルシクロヘキサン)※1を活用したサプライチェーンの実証も進行中です。MCHは、トルエン※2に水素を化学的に結合させた液体キャリアで、常温・常圧で取り扱える点が特徴です。液化水素のように大規模な液化施設が不要で、既存の石油インフラをそのまま活用できるため、運用コストを抑える利点があります。

この分野で革新をもたらしたのが、ENEOSが開発した「Direct MCH®」技術です。従来、MCHを製造するには、水を電気分解して得られた水素をトルエンと反応させる2段階のプロセスが必要でした。しかし、Direct MCH®では、トルエンを直接電気化学反応させることで1段階でMCHを製造可能です。この技術により、プロセスの簡略化と大幅なコスト削減が実現し、2030年までの商業化が目指されています。

図1 「Direct MCH®(直接MCH電解合成)技術による水素サプライチェーンの簡略化」
出典:ENEOSの水素社会実現に向けた取組み ~水素産業戦略策定への期待~ 2023年3月6日

2.SOECが切り開く次世代水素製造技術

固体酸化物形電解槽※3(SOEC)は、グリーン水素の製造コスト削減において鍵となる次世代技術として注目されています。この技術は、高温(約700〜1,000℃)で稼働し、工場や発電所の余剰熱を活用することで、従来技術(アルカリ電解槽や陽イオン交換膜電解槽)と比較して電力消費を大幅に削減し、効率的に水素を製造します。また、SOECは水の分解に加え、CO2を一酸化炭素と水素に変換する「カーボンリサイクル技術※4」としても応用可能で、合成燃料や化学プロセスへの利用が期待されています。

さらに、水素の貯蔵・輸送技術も進化を遂げています。従来の高圧タンクや液化水素に加え、金属水素化物やアンモニアを利用した新たな貯蔵技術が研究されており、水素の安定供給と安全な輸送が現実味を帯びています。

※3電解槽:電気エネルギーを利用して水を分解し、水素と酸素を生成する装置。
※4カーボンリサイクル技術:排出された二酸化炭素(CO₂)を回収し、再利用または変換して新たな製品や燃料を作り出す技術。

3.国際的な連携と標準化

欧州では「European Hydrogen Backbone」計画に基づき、複数国を結ぶ広域的なパイプラインネットワークの構築が進行中で、グリーン水素の生産地と需要地を効率的につなぐことで、水素輸送の効率向上と供給の安定化を実現しようとしています。

さらに、中東のサウジアラビアでは、「NEOM(ネオム)プロジェクト」において世界最大のグリーン水素プラントの建設し、液化水素やアンモニアの輸送インフラを開発するなど、将来的に欧州やアジアへの輸出を視野に入れた取り組みが進められています。

図2 「世界最大のグリーン水素製造施設が設置される浮遊型工業都市NEOM(ネオム)」
出典:NEOM Green Hydrogen Company

これらの国際的な取り組みを支えるのが、規格の標準化と相互認証メカニズムの整備です。国際標準化団体ISOでは、水素製造時のGHG(温室効果ガス)排出量算定方法に関する技術仕様書が発行され、2025年には国際標準の採用が予定されています。このような標準化の進展により、透明性と信頼性を備えたグローバルな水素市場の構築が進められています。

グリーン水素の具体的な活用例

1.重工業分野の脱炭素化

スウェーデンの「HYBRITプロジェクト」は、グリーン水素を活用して鉄鋼生産時のCO₂排出を大幅に削減する世界初の取り組みです。鉄鉱石の還元剤に従来の石炭ではなく水素を使用することで、排出されるCO₂を水蒸気に置き換える技術を採用しています。このプロジェクトは、鉄鋼メーカーSSAB、鉱業会社LKAB、エネルギー企業Vattenfallが共同で進めており、2026年に商業化を予定。年間約2,000万トンのCO₂削減効果が見込まれ、スウェーデン全体の排出量の約10%に相当します。2021年には化石燃料フリーの鉄鋼の生産に成功し、脱炭素化のモデルケースとして世界的に注目されています。

2.エネルギー貯蔵と安定供給

アメリカ・ユタ州で進行中の「ACES(Advanced Clean Energy Storage)」プロジェクトは、再生可能エネルギーの余剰分を活用したグリーン水素の貯蔵・供給において注目されています。このプロジェクトは、2025年の商業運転開始を目指し、1,500メガワット規模の電力供給が可能なグリーン水素を貯蔵し、停電時や需要ピーク時に活用することを計画しています。現在は建設段階にありますが、一部で試験的な運用が行われており、再生可能エネルギーの効率的な利用とエネルギー供給の安定化に向けた基盤が着実に築かれています。このような取り組みが本格化すれば、アメリカ全土での脱炭素化と持続可能なエネルギー供給モデルの確立に大きく貢献することが期待されています。

3.モビリティ分野での応用

トヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI」は、水素を燃料とするゼロエミッション車※5として注目され、2014年の初代発売以来、自治体や企業の公用車や業務車両として活用されています。東京都や福岡県、日本郵便、物流企業などでの導入が進む中、欧州や北米でも販売を拡大し、水素ステーションとの連携を強化しています。また、トヨタは米国カリフォルニア州ロングビーチ港に、グリーン水素を利用して水素、電気、水を生成する「Tri-Gen(トライジェン)」施設を竣工。再生可能エネルギーを活用したカーボンニュートラルな物流拠点を実現しました。この施設では、畜産場や食品廃棄物を原料にグリーン水素を生成し、燃料電池車や物流車両への供給を行うだけでなく、地域社会への余剰電力供給も可能としています。

図3 「グリーン水素をオンサイトで生成する施設「Tri-Gen(トライジェン)」
出典:トヨタ、米国カリフォルニア州の物流拠点でグリーン水素生成およびCNオペレーションにチャレンジ

※5ゼロエミッション車:走行中に二酸化炭素(CO₂)や窒素酸化物(NOx)などの排気ガスを一切排出しない車両のことを指す。

まとめ:グリーン水素の未来の展望

グリーン水素は、脱炭素社会を実現する重要なエネルギーとして、世界中での技術革新や政策支援のもと、その可能性を広げています。本コラムでは、2回にわたってその仕組みや課題、具体的な活用例についてお伝えしました。コスト削減やインフラ整備、国際的な連携を通じて、グリーン水素は広範な分野での商業利用が現実のものとなり、持続可能な社会への移行を加速させるでしょう。

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