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電力小売全面自由化から10年 数字が語る制度と市場の現実【第2回】10年で広がった、「経営の期待」と「現場の実務」の距離

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「自由化から10年」という節目を迎え、制度の成果や市場の成熟度をめぐる議論が活発化しています。 現場の会話をたどると、同じキーワードでも立場により意味がずれます。 たとえば、経営の「コスト削減」は現場では「業務負荷の増加」、制度側の「安定供給」は供給現場では「柔軟性の制約」として現れます。 第2回では、こうした変化のなかで生じている立場ごとの認識のずれを整理し、経営・現場・供給事業者という三つの視点から、なぜ議論が噛み合わないのかを構造的に考察します。

1. 「経営層・現場・供給事業者」それぞれの視点

制度の変化が続くなかで、各立場はそれぞれの優先課題と評価軸を持ちながら動いてきました。
経営層は「成果とリスク管理」、現場は「業務の安定性」、供給事業者は「制度対応と市場競争」を重視しています。
ここでは、それぞれの立場が何を見てきたのかを具体的に整理します。

(1) 経営層が見る成果と合理性

経営層にとって、制度や市場が変化するたびに自社の電力調達戦略を見直すことは、成果とリスク管理の両面で欠かせない課題であり続けています。
多様な小売事業者が参入したことで選択肢は広がり、JEPXや先渡し契約、PPA(電力購入契約)など複数の調達手段を組み合わせる動きが定着しました。
競争を前提とした価格最適化の仕組みが整い、経営指標として「コストの平準化」「契約分散」「市場反応性」が重視されるようになっています。

2022年の燃料高騰と需給逼迫をきっかけに、企業は市場価格を前提とした財務シミュレーションを強化しました。

この流れは2026年に入っても続いており、経営層の関心は「調達価格の安定」から「市場変動を織り込んだ経営管理」へと移りつつあります。
JEPXのシステム刷新や需給調整市場の30分単位化によってデータ精度が高まり、企業の購買部門や財務部門では、電力取引を“変動リスク資産”として扱う意識が強まっています。

こうした変化の積み重ねにより、「市場を見て調達を決める」判断は、企業経営における日常的な意思決定の一部として位置づけられるようになっています。
一方で、その合理化のプロセスが、現場の業務設計や運用負荷にどのような影響を及ぼしているのかは、別の視点から捉える必要があります。

(2) 現場が直面する制度と実務のズレ

この10年、現場は“止まらない制度”に付き合い続けてきました。FITからFIP、非化石価値の拡大、需給調整市場の再設計のたびに書式や手続きが更新され、「制度を回す」ことが業務の中心となっています。

需給調整市場も「1日8ブロック(3時間)」から「1日48コマ(30分)」へ細分化され、判断・確認の頻度が上がりました。最適化には資するものの、作業粒度の微細化として負荷が現れ、時間的・作業的な余白は縮小しています。

図1:需給調整市場の時間分解能見直し(8ブロック→30分×48コマ)。
出典:資エネ庁・OCCTO(2025年7月)

2022〜23年の市場高騰期には、契約条件が連日変化し、調達判断の根拠が揺らぐ場面もあり、そのたびに再計算や報告対応が求められました。
こうして現場は、“動き続ける制度”に合わせて日々のプロセスを組み直してきたのです。
制度の精緻化は、安定供給の実現を目指す一方で、運用現場の時間的・作業的余白を削っています。

制度が描く「需給バランスの安定」と、現場が求める「再現可能な業務の安定」は、同じ“安定”でも焦点が異なります。
最適化の精度が上がるほど、現場が確保できる再現性の幅は狭まります。
その“安定の定義の違い”が、自由化以降の企業内コミュニケーションを難しくしている要因の一つです。

(3) 供給事業者が抱える制度的制約と市場リスク

供給側に立つ電力会社や新電力にとって、この10年は「制度対応と競争適応が同時に進行した10年」でした。
FIP導入により再生可能エネルギーの市場参加が拡大し、発電・調達・販売の各段階が市場変動に直接さらされる構造へと移行しました。
価格が市場に連動することで透明性は高まりましたが、同時に変動リスクが経営全体に波及し、安定供給と収益確保の両立は一層難しくなっています。

2025年以降、FIP対象案件の増加とともに入札競争は激化しました。
非化石価値市場や容量市場の再設計も進み、制度は「将来の供給力確保」と「環境価値の明確化」を掲げています。
一方で、価格変動の振れ幅や調整メカニズムの複雑化により、事業者は政策対応のスピードに追随することが求められています。

制度整備は供給力確保と透明性を高める一方で、事業者の柔軟性を狭め、短期的な市場対応の比重を高めています。
利用者には「契約条件の変動が大きい市場」として映り、事業者側には利益変動リスクの拡大として跳ね返ります。
こうした距離感こそが、自由化以降に顕在化した逆説的な構造です。

2. 共通語がずらす「認識の焦点」

制度と市場の成熟が進むにつれ、経営・現場・供給のあいだで共有されてきたキーワードが、少しずつ異なる意味を帯び始めています。
「コスト削減」「安定供給」「脱炭素」といった言葉はいずれも企業活動の基本概念ですが、その背景にある評価軸や時間感覚は立場によって異なります。
ここでは、共通語がどのように異なる期待値を伴い、議論の焦点をずらしているのかを整理します。

(1) 「コスト削減」「安定供給」「脱炭素」が示す異なる期待値

経営層にとって「コスト削減」は、単なる費用圧縮ではなく、市場価格変動を織り込んだ財務指標の安定化を意味します。2024年以降、企業の電力調達ではJEPXスポット価格を参照する契約形態が意識され、調達部門では「電気料金=リスク管理対象」として捉える動きが広がりました。 経営が求める合理化とは、変動を前提にリスクを可視化し、全社的な管理体制を整えることに近づいています。

一方で、現場にとっての「コスト削減」は、報告・照合・請求対応などの新たな業務負荷を意味します。 2025年度には、電力・ガス取引監視等委員会による報告制度の見直しや、非化石価値市場の管理要件整理が進み、運用担当者の作業密度はさらに高まりました。コスト削減の成果が数字で可視化されるほど、その裏側では情報入力・検証・再計算といった作業が増えています。

供給事業者にとっての「コスト削減」は、むしろ競争環境の厳格化を意味します。2025年以降、FIP対象案件の増加に伴い、入札環境は一段と競争的な様相を強めています。「安定供給」を維持するための設備投資や調整力確保のコストは上昇し、採算性の確保が難しくなっています。
経営が合理性とみなす数値の背後で、供給側は不確実性を吸収しながら制度に適応しているのが実態です。

また「脱炭素」という共通語も、立場によって意味が異なります。経営層にとってはGX投資減税やESG評価対応など、企業価値向上の手段として機能します。現場ではCO₂排出量算定や非化石証書の管理・報告が追加タスクとして位置づけられ、供給事業者では、2025年度以降に拡大するトラッキング付証書制度や再エネ出力制御への対応が課題となっています。
同じ言葉のもとで動いていても、その“実装のコスト”は立場によって異なる形で現れます。

(2) 「翻訳」されないままの共通語が生む摩擦

こうしたズレは、単なる意思疎通の問題ではなく、制度運用と評価単位の非対称性に起因しています。

経営は財務指標で語り、現場は作業負荷で感じ、供給側は制度ロジックで考える。
同じ言葉を使いながらも、それぞれ異なる文法で運用しているため、意味が翻訳されないまま共有される状況が続いています。

たとえば「安定供給」という言葉も、経営層にとっては供給責任を果たす企業価値の象徴であり、現場では停電や障害を防ぐ日々の手順を指し、供給事業者にとっては制度上のバランス調整義務そのものを意味します。同じ言葉でも、その単位が財務・運用・制度と異なるため、議論の焦点がそろいにくくなっています。

必要なのは“言葉の統一”ではなく、“意味の整合”です。
経営が掲げるKPIや方針について、現場と供給側がどの範囲を担うのかを対応づけて明示することが重要です。こうした共通語の翻訳が、組織理解を進める第一歩となります。

3. 見えない“構造的距離”を可視化する

経営・現場・供給の間にあるギャップは、しばしば「温度差」と表現されます。しかし、実際に存在しているのは感情の差ではなく、構造的な前提条件の違いです。
制度、市場、企業活動が絶えず動く中で、それぞれの立場は異なる速度・目的・制約条件で動いています。この非対称な構造こそが、自由化以降の調整を難しくしている本質的な要因です。

(1) 温度差ではなく構造差

経営は成果とリスクで市場を捉え、現場は業務の再現性を確保して日常を維持し、供給側は政策対応と競争のはざまで制度を運用しています。それぞれが異なる単位とスケールで意思決定を行っており、この構造差を前提にしない限り、同じ言葉を使っても会話はすれ違います。

2025年以降、需給調整市場の30分単位化や非化石価値市場の取引拡充、GX実行会議による再エネ比率30%超の目標再設定など、制度の精緻化は一段と進みました。経営層がリスク対応の高度化として捉える制度変化は、現場では業務手順の調整や確認作業の増加として認識されることがあります。

同じ変化であっても、その受け止め方は立場によって異なります。この構造を可視化しなければ、現場の負荷や経営判断の背景は正確に共有されません。

求められているのは「理解の一致」ではなく、「前提の共有」です。構造差を把握し、どのレイヤーで議論しているのかを明確にすることが、自由化後の実務調整を円滑に進めるための出発点となります。

(2) 視点の共有が次の10年を整える

自由化を「完成した制度」とみるか、「進化し続けるプロセス」とみるか。
立場によって認識は異なりますが、共通しているのは「変化を前提に動いている」という現実です。

2026年時点では、市場制度を「統合」するのか「多層化」するのかという設計の方向性が、論点として意識される場面が増えています。
容量市場・需給調整市場・非化石価値市場をどう整理し、誰がどのリスクを負担するのか。
この問いに答えるには、制度論だけでなく、経営・現場・供給の三つの視点を並列に置いて観察する必要があります。

異なる立場の視点を重ねて見ることは、単なる意見調整ではなく、構造を理解する行為です。
経営が描く「リスクの地図」と、現場が持つ「運用の時間軸」、そして供給側が追う「制度の文法」。
これらを重ね合わせることが、次の10年に向けた判断基盤を整える手がかりとなります。

自由化の10年は、“噛み合わなさ”を理解するための可視化の期間でした。
これからの10年は、そのズレを前提に制度と実務を設計していく時代へと移りつつあります。
視点を共有することこそが、複層化するエネルギー市場における“共通の思考装置”となるはずです。

まとめ

自由化から10年を経たいま、制度と市場の複層化により、経営・現場・供給のあいだに“構造的な距離”が生まれています。
同じ指標を見ても立場によって意味が異なり、議論が噛み合わない背景には、言葉より深い「前提の非対称性」があります。
この構造を理解することは、対立を解くことではなく、判断の精度を高めるための前提整理です。

次回は「なぜ私たちは、10年経っても『電気代の比較』で迷い続けるのか」をテーマに、比較が難しくなる構造を考察します。

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