系統用蓄電池は、いつから「前提」になったのか 【第2回】立場ごとの時間軸と評価軸
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一般社団法人エネルギー情報センター

前回は、系統用蓄電池が議論の「前提」として扱われるようになった背景を、三つの流れの合流として整理しました。制度が整い、コストが下がり、再エネの導入量が増えた。その重なりが、蓄電池を自然に検討の出発点に置く状況を形作っています。 ただ、同じ前提を共有しているはずの場で、同じ対象を扱いながら議論の焦点が重ならない場面が見受けられます。情報量が増え、関係者が増え、検討が深まるほど、情報の整理に要する前提条件が増えるという感覚を持つ担当者も少なくありません。 今回は、その背景にある構造を取り上げます。
1. 同じ対象を見ている、異なる立場
蓄電池をめぐる議論には、複数の立場が持ち込まれています。政策・系統運用・事業者・投資家。それぞれが同じ「系統用蓄電池」という対象に向き合いながら、見ている角度は必ずしも一致していません。
(1) 政策・制度から見る風景
政策の文脈では、蓄電池は2030年・2050年の目標を支える電源構成の一要素として現れます。2030年に向けた系統用蓄電池の導入水準として14.1〜23.8GWh程度(図1)が示されており、再エネ主力電源化や脱炭素達成に向けた構成部品として位置づけられています。

図1:系統用蓄電池の導入見通し
出典:資源エネルギー庁「系統用蓄電池の現状と課題」(2024年5月29日)
補助金や市場制度の設計はその目標達成に向けた誘導の仕組みとして機能しており、焦点は単年度の収支や個別事業の損益よりも、電源構成全体への貢献という時間軸に置かれています。
(2) 系統運用から見る風景
系統運用を担う立場にとって、蓄電池は需給調整の手段として位置づけられています。再エネの出力変動を吸収し、周波数を維持し、混雑を緩和する。2023年度以降、全国規模で再エネ出力制御量が増加している状況の中で、蓄電池への言及はこうした機能面に集中してきました。
この文脈で問われるのは、応答速度・容量・配置場所といった系統上の性能です。系統安定という目的から導かれる整理であり、事業者側の文脈とは異なる評価軸が置かれています。個々の事業者がどのような収益構造で運用しているかは、この視点では直接の焦点として浮かび上がりにくい構造になっています。
(3) 事業者から見る風景
事業化を検討している事業者にとって、蓄電池はまず収益の見通しとともにあります。需給調整市場での調整力収入、容量市場での容量収入、卸市場での価格差益。複数の市場を組み合わせた収益スタッキングの想定が、事業計画の出発点に置かれます。
一方で、関連情報は絶えず動いています。需給調整市場では、2026年度以降の適用に向けた検討として、上限価格の見直しが議論の俎上に載り、段階的な引き下げ案が示されています。
容量市場の落札価格も2028年度分オークションでは北海道・東北・東京エリアの約14,812円/kW(図2)に対し、指標価格を下回る水準となったエリアもあり、エリアごとに大きな差が生じています。2024年度の接続検討申込件数は前年度の約6倍にあたる9,544件に達しており、系統混雑への影響も計画前提として持ち込まれています。
情報が増えるたびに、判断の前提も動いていきます。

図2:容量市場メインオークション エリアプライス推移(第1回〜第5回)
出典:資源エネルギー庁「容量市場について」(2025年2月5日)
(4) 投資家から見る風景
金融機関や機関投資家の視点では、蓄電池は長期インフラ投資の候補として位置づけられます。IRRやペイバック期間、キャッシュフローの安定性、融資条件の設定可能性といった評価軸が、判断の基準として重なっています。
2024年度の定置用蓄電システム価格はkWhあたり5.4万円と前年度より低下しており、コスト面での整理は進んできました。一方で、市場収入への依存度が高い案件では、収益予測の前提をどう設定するかという問いが融資判断の入り口に置かれます。確定的な収入構造を持つ案件と市場依存の案件とでは、評価の組み立て方が入り口から異なってきます。
長期脱炭素電源オークションでは原則20年間の容量収入が確保できる仕組みとして整備されていますが、他市場収益の還付条件や落札後の運用制約も判断材料に加わります。その評価には、制度前提の置き方が色濃く反映されます。
2. ズレの正体
立場の違いは、意見の対立として現れる前に、時間と尺度の違いとして現れます。四つの立場を並べると、情報の差というより、見ている「時間の長さ」と「評価の物差し」が揃っていないことが見えてきます。
(1) 時間軸が揃っていない
政策が扱う時間軸は、2030年・2050年という中長期の目標です。系統運用は今日・今週という短期の安定性を優先し、事業者は10〜15年の設備寿命と投資回収の見通しを重ねています。投資家は、融資期間やファンドの出口という固有の時間を持ちます。
「蓄電池の将来性」という同じ言葉を使っていても、それぞれが想定している時間の長さは異なります。同じ会議室で「長期的に見れば有望だ」と「今期の判断には使えない」が同時に成立する背景は、ここにあります。
(2) 評価軸が揃っていない
政策にとっての成果は導入量や脱炭素貢献の実現であり、系統運用にとっては出力制御量の削減や周波数偏差の抑制です。事業者にとってはIRRや収支計画の達成であり、投資家にとっては元本と利回りの確保です。
同じ案件に対して参照している変数が異なることで、「うまくいっているか」の基準が立場ごとに異なる評価軸として置かれています。ある立場では順調に見える案件が、別の立場では不確実に映る。その構図が、議論の底に潜んでいます。
(3) 目的が揃っていない
時間軸と評価軸の違いは、その背後にある目的の違いを反映しています。何を達成しようとしているかが立場ごとに異なれば、何を「成功」と見なすかも変わってきます。ここで生じているのは、意見の対立ではなく、目的の前提の不一致です。
(4) 言葉の意味が揃っていない
「収益」という言葉一つをとっても、市場収入を指しているのか、補助金を含めた全体収支なのか、将来的な調達コスト削減効果を含めているのかで、内容は変わります。「リスク」も同様で、市場価格の変動リスクなのか、技術的な不確実性なのか、制度変更による事業環境の変化なのか、立場によって想定する内容が異なります。
言葉が揃っていない状態で議論が進むと、合意が形成されたように見えながら、実行段階になって前提の違いが表面化することがあります。その時点で初めて、議論の出発点が揃っていなかったことが見えてきます。
3. コストと便益が重ならない構造
議論の焦点が重なりにくい背景には、もう一つの要素があります。便益の帰属とコストの負担主体が分かれている構造があります。
蓄電池が系統安定や出力制御の削減に貢献することで得られる便益は、電力消費者や社会全体に広く分散します。一方でそのコストは、導入した事業者と投資家が直接負います。逆に、蓄電池の増加が市場競争を高め、調整力の市場価格が低下すれば、その影響を受けるのも特定の事業者です。調整力価格の低下は、系統全体にとってはコスト抑制につながる一方で、個別事業の収益予測には直接的な影響を与えます。
上限価格の引き下げ案に対して、投資回収の予見性やファイナンス環境への影響に言及する意見が示された事例も見られます。社会的な便益の実現を目指した設計の変更が、特定の事業者の収益前提に直接影響する。その構図が、ここに現れます。
便益の帰属先とコストの負担主体が分かれている状態は、複数の目的を同時に実現しようとする制度設計が内包する、一つの形です。
4. 社内でも起きていること
この構造は、外部の関係者の間だけで生じているわけではありません。外部の多層的な状況がそのまま社内の検討テーブルに持ち込まれることで、一つの言葉が複数の意味を帯びたまま議論が進むという構図が生まれます。
経営層は脱炭素目標への貢献として導入を位置づけ、事業開発部門は収益スタッキングの実現可能性を検討し、技術部門は系統接続条件と設備仕様を持ち込む。同じ資料を前にしながら、それぞれが異なる時間軸と評価軸を持ち寄っている風景があります。
情報が不足しているわけではなく、判断軸が揃っていない状態が生まれています。合意が形成されたように見えながら、実行段階で「そういう前提ではなかった」という状況が起きやすいのは、こうした構造が背後に置かれていることがあります。
● まとめ
系統用蓄電池をめぐる期待の食い違いは、情報量の不足や理解の差というより、立場ごとの時間軸・評価軸・目的の違いが構造として存在していることに由来している側面があります。
政策・系統運用・事業者・投資家、それぞれの立場が見ているものに優劣はありません。ただ、重なっているようで重なっていない部分が、議論のどこかで表面化します。
構造として食い違いが組み込まれている。その前提が、議論の背後に置かれています。
次回は、この構造の中で「収益が見えにくい」と感じるのはなぜなのかを取り上げます。蓄電池は10〜15年使われる長期資産でありながら、市場・制度は数年単位で更新されます。不確実性を排除するのではなく、前提として置いたとき、何が見えてくるのかを整理します。
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