食品廃棄物から電力を得る

2016年08月05日

所属:跡見学園女子大学

インターン生:Y.Fさん

食品廃棄物から電力を得るの写真

私は、飲食販売のアルバイトをしております。そこでのアルバイト初日に衝撃をうけました。それは、売れ残った商品を捨てることです。まだ消費期限が大丈夫な商品も捨てます。お客様に購入されなかったがゆえに捨てる、その行為に罪悪感が生まれました。

はじめに

私は、飲食販売のアルバイトをしております。そこでのアルバイト初日に衝撃をうけました。それは、売れ残った商品を捨てることです。まだ消費期限が大丈夫な商品も捨てます。お客様に購入されなかったがゆえに捨てる、その行為に罪悪感が生まれました。世界では食べ物が無くて苦しんでいる方が大勢いらっしゃるのになんて贅沢な国なのだろうと思いました。ですが、もったいないからといって商品を配るわけにもいきません。翌日に売ることもできませんので仕方がありません。ではそこで、食品廃棄物が何か他のモノに変わらないのか調べてみました。

日本の食品廃棄物量

農林水産省によると、平成25年度食品産業全体の食品廃棄物量は19,270千トンでした。この廃棄物量は世界で1位2位を争います。この廃棄物量で7000万人の方が1年間食べていける量だそうです。まだ食べられるのに廃棄されている「食品ロス」は年間500万トン~800万トン含まれています。家庭から出る残飯の総額は11兆円/年であり、処理するにあたって2兆円のコストがかかっています。そして日本は5500万トンの食糧を輸入し、1800万トンを廃棄しています。日本のカロリーベース(食料自給率)は先進国の中で最も低く39%であります(農林水産省の平成25年9月の報告より)。

つまり約6割を輸入に頼っていながらも、それを廃棄しています。をこのように、いかに日本が食品、さらにはお金を無駄にしていることがよく伝わったと思います。また国際連合食糧農業機関(FAO)の報告書では世界で13億トンの食糧が廃棄されており、これは世界で生産されている食料の3分の1に相当します。このことから、食品廃棄は日本だけの問題ではなく、世界的に解決するべき問題であることも伝わったと思います。

日本の食糧廃棄量

出展:環境と平和のNPO法人 ネットワーク「地球村」

食品廃棄物から電力が生まれる

近年は化石燃料に頼って私たちは電力を使用しております。しかしながら、この化石燃料は有限で、環境破壊への影響もあります。化石燃料に頼りすぎない、新しいエネルギーは何か。そこで生まれたのが、バイオ発電・バイオテクノロジーです。再生可能エネルギーとして石油燃料の代わりとして発展してきています。

バイオとは、バイオロジーの略語で生物学という意味です。つまり、生物学とテクノロジー、技術を組み合わせたものです。1970年代から世の中の意識が高まりました。1973年に遺伝子組み換え技術が広まったことで、生物を利用した技術が注目されました。

仕組み

東京都大和田区にある城南工場の仕組みを紹介します。まず食品廃棄物の受け入れは随時行っているそうです。そしてまずポッパという大きな機械に入れます。一次と二次とで廃棄物を細かくし、次にドラム式選別機に移します。プラスチックなど不要物を取り除き調整槽に一時保管し、中に入っている発酵原料は35度から37度に保たれたメタン発酵槽に供給されます。30日間かけメタン中温発酵が行われ、メタン発酵によりバイオガスが生まれるのです。生まれたバイオガスはガスエンジン発電機の燃料として使われ、電力が発生します。

この電力は約2,400世帯分の電力を賄えます。以下の図は城南工場においての「バイオガス化 処理フロー」を参照したものです。

バイオガス化 処理フロー

バイオガス化 処理フロー(城南工場参照)

社会への効果と今後の課題

食べ物は植物で、動物です。それらは二酸化炭素を吸収して生きています。つまり、この食品廃棄物でエネルギー・電力を得て二酸化炭素を排出したとしても空気中の二酸化炭素量は増えません。言い換えるならばリサイクルみたいなようなものです。バイオエナジー株式会社によると食品廃棄物から電力を得る、バイオテクノロジーの利用によって6,300t/年(東京ドーム117個分)のCO2削減の効果を得ています。

今後の課題としては、やはり食品廃棄物を出さないこと・少なくすることがベストではありますが、出てしまったものはこういったバイオエネルギーとして利用できることを多くの方に知ってもらい、その方法が広がることだと考えます。

新たに生産するのではなく既存のモノを利用することが現代どの分野においても求められていることです。食品廃棄物で電力が作れることを調べることができ、良いテクノロジーが存在したことに安心した半面、やはり最終的には食品廃棄物が出ないことが望ましいと強く感じました。