再生可能エネルギーの地政学

2023年7月29日
エネルギーフォーラム

十市勉

再生可能エネルギーの地政学の写真

ウクライナ戦争で加速するクリーンエネルギー移行!求められる技術開発と産業競争力の強化。どうする日本!?

著者情報

日本エネルギー経済研究所 客員研究員

十市勉氏

1945年、大阪府生まれ。1973年、東京大学大学院地球物理コース博士課程修了(理学博士)。日本エネルギー経済研究所に入所後、マサチューセッツ工科大学エネルギー研究所客員研究員(1983~1985年)、日本エネルギー経済研究所総合研究部長、専務理事、首席研究員、顧問などを経て、2021年より客員研究員。この間、政府の審議会や委員会の委員などを歴任、多摩大学の客員教授や東京工業大学・慶應義塾大学の非常勤講師も務める。主な著書に『シェール革命と日本のエネルギー』、『21世紀のエネルギー地政学』、『第3次石油ショックは起きるか』、『エネルギーと国の役割』など。

解説

本格的な「クリーンエネルギー移行(Clean Energy Transition)」に向かう21世紀の世界は、従来の石油・天然ガスの地政学リスクと新たな再エネ固有の地政学リスクが連動する時代に入っているとみるべきである。このようななか、2023年5月の主要7カ国(G7)広島サミットの首脳声明では、ロシアのウクライナ侵略による現在のエネルギー危機に対処し、遅くとも2050年までにネットゼロ排出を達成するために、クリーンエネルギー移行を加速することの緊急性が強調された。
国土が狭く島国の日本は、石油・天然ガス資源が乏しいだけではなく、再エネ資源のポテンシャルでも国際的に比較劣位にあるが、再エネや原子力、蓄電池やEV、水素・アンモニア、CCSなどのクリーンエネルギー利用では、技術力と人材が極めて重要な役割を担う。世界が本格的な脱炭素社会に向かうなか、各国は国家と企業の命運を左右する低炭素技術の開発競争にしのぎを削っている。日本は、新旧2つの地政学リスクをチャンスに変えるためにも、クリーンエネルギー分野での技術開発と産業競争力の強化に向けて、官民学が連携して取り組むことが急務となっている。

本書の内容

  1. はじめに
  2. 第1章 なぜ再生可能エネルギーの地政学が重要か
  3. 1―1 「パリ協定」で加速する世界の脱炭素化
    1―2 相次ぐ世界主要国のカーボンニュートラル宣言
    1―3 世界で急拡大する再エネ開発と躍進する中国
    1―4 再エネ投資が急増する背景
    1―5 ウクライナ戦争で加速するクリーンエネルギー移行
    1―6 エネルギー移行で浮上する新たな地政学リスク
    1―7 新旧のエネルギー地政学リスクが連動する時代
    1―8 資源輸出国で期待が高まる水素・アンモニア

  4. 第2章 再生可能エネルギーの地政学リスク
  5. 2―1 化石燃料と比較した再エネの地政学リスクの特徴
    2―2 再エネ開発に欠かせない重要鉱物
    2―3 高まる重要鉱物の供給不安と中国の影響力
    2―4 重要鉱物の地政学リスクとその軽減対策
    2―5 再エネ技術を巡る新たな地政学リスク
    2―6 脱炭素化で誘発される保護貿易主義のリスク
    2―7 再エネの「スーパーグリッド」構想と地政学リスク

  6. 第3章 石炭大国の中国はエネルギー移行の「勝ち組」に
  7. 3―1 今や中国は低炭素技術のトップランナー
    3―2 中国の脱炭素化の「3060目標」とその狙い
    3―3 脱炭素化と電力安定供給のジレンマに直面
    3―4 石炭大国である中国の弱みが強みに
    3―5 中国にとって石油・天然ガス市場で影響力拡大の好機
    3―6 エネルギー移行で「勝ち組」の中国と「負け組」のロシア

  8. 第4章 脱炭素・脱ロシアを目指すEUのエネルギー政策
  9. 4―1 際立った違いをみせるフランスとドイツの電源選択
    4―2 欧州グリーンディールと高まる再エネへの期待
    4―3 ドイツが先導する国家水素戦略とEUタクソノミー
    4―4 ウクライナ危機で脱炭素・脱ロシアを目指す「リパワーEU」
    4―5 EUの炭素国境調整措置とグリーン貿易摩擦リスク
    4―6 英国の脱炭素化とエネルギー安全保障戦略

  10. 第5章 始動する米国のクリーンエネルギー戦略
  11. 5―1 バイデン政権発足で一変する気候変動政策
    5―2 2つの重要法案を成立させたバイデン政権
    5―3 インフレ抑制法における主要な気候変動対策
    5―4 導入支援策で急増する太陽光発電と風力発電
    5―5 期待が高まる水素の導入拡大とCCS関連プロジェクト
    5―6 気候変動対策に不可欠な原子力発電
    5―7 EVを巡り表面化するグリーン貿易摩擦

  12. 第6章 中東産油国は水素・アンモニアの輸出大国に
  13. 6―1 世界の脱炭素化と中東産油国
    6―2 エネルギー移行と中東産油国のリスクとチャンス
    6―3 サウジアラビアの再エネと水素・アンモニア開発
    6―4 クリーンエネルギー開発で中東をリードするUAE
    6―5 グリーン水素ハブを目指すエジプトとオマーン

  14. 第7章 インド太平洋地域のクリーンエネルギー開発
  15. 7―1 急務となるインドのクリーンエネルギー開発
    7―2 経済発展が続くASEANの脱炭素政策
    7―3 豪州は再エネと重要鉱物資源の豊富な国
    7―4 グリーン水素・アンモニア大国を目指す南米のチリ
    7―5 韓国の尹政権は脱・脱原発政策へ転換

  16. 第8章 脱炭素電源の原子力を巡る地政学
  17. 8―1 なぜ原子力を巡る地政学が重要なのか
    8―2 原子力は脱炭素化とエネルギー安全保障の両立に不可欠
    8―3 ウクライナ戦争で強まる欧州の原子力利用拡大の動き
    8―4 ロシアと中国の原子力輸出を巡る地政学
  18. 第9章 新たなエネルギー地政学と日本の国家戦略
  19. 9―1 日本のエネルギー政策の変遷と脱炭素化が最優先課題に
    9―2 再エネの地政学と国家エネルギー戦略を考える視点
    9―3 アジアの脱炭素化と日本の国際戦略
    9―4 GX投資と低炭素技術の産業競争力の強化
    9―5 再エネの主力電源化と克服すべき課題
    9―6 再エネVS原子力の「二項対立」からの脱却を

  20. あとがき
  21. 参考文献

著者メッセージ

 本書を執筆するきっかけとなったのは、今年2月下旬にエネルギーフォーラムで開催された第43回「エネルギーフォーラム賞」の選考委員会である。筆者も選考委員の一人として参加したが、昨年2月に始まったウクライナ戦争で国際エネルギー情勢が一変する中、受賞作品には「エネルギーの地政学」や「電力セキュリティ」をテーマとする著作が選ばれた。その選考過程で、筆者は「再生可能エネルギーの地政学」に関する考察がないのは物足りないとコメントした。
 その数日後、エネルギーフォーラムから「再生可能エネルギーの地政学」をテーマとした書籍を出版できないかとの相談を受けた。参考資料として、筆者が2018年に電気新聞のウエーブ欄に寄稿した「再生エネの地政学」が添付されていた。同コラムで、パリ協定を契機に、世界では風力発電や太陽光発電(PV)が急増しており、今後、日本にとって再エネ技術に不可欠な鉱物資源の安定確保、また、知的財産権や技術開発を巡る国家間の協力あるいは対立が重要な課題になると指摘していた。
 執筆を始めて痛感したのは、この間に世界のエネルギー・気候変動問題を巡る情勢が激変していることである。再エネや蓄電池、電気自動車(EV)などにはリチウムやコバルト、レアアースなどが不可欠だが、中国は重要鉱物の供給網、PVパネルや風力発電タービン、EVなどの製造能力で世界を圧倒している。
 また、経済安全保障と雇用創出に向けて低炭素技術の国産化に注力する各国の政策が、保護貿易主義の誘因になっている。例えば、米国バイデン政権は北米産EVの製造に対して税額控除の優遇策を講じる一方、欧州連合(EU)は産業競争条件の公平化を理由に、鉄鋼やセメント、電力など炭素排出量の多い製品を対象に2026年から炭素国境調整措置の導入を決めている。
 世界的に「クリーンエネルギー移行」が加速する中、従来の石油・天然ガスの地政学リスクと新たな再エネ固有の地政学リスクが連動する時代に入っている。日本では、東日本大震災以降、再エネか原子力かという「二項対立」によって、一種の思考停止が続いてきた。無資源国の日本は、省エネはもとより、再エネも原子力も最大限に活用し、国家と企業の命運を左右する低炭素技術の分野で産業競争力を向上させ、不安定化する世界で存在感を高める必要がある。本書が、そのために少しでも役立つことを願っている。(談)