ビジネス分野への活用が目の前に迫る量子技術。エネルギー業界への影響とは?
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2021年11月30日
一般社団法人エネルギー情報センター
2021年に入り、IBM、Google、アマゾンなどによる量子コンピューターの商用化の動きが加速してきました。そこで今回は、量子技術とは何か、ビジネス活用事例、そしてエネルギー業界への影響について考えます。
国内の量子関連の動向について
最近、量子コンピューター関連のニュースが、国内でも盛んになってきました。ここでは以下の2つのニュースをご紹介します。
IBMがかわさき新産業創造センターに量子コンピューターを設置
2021年7月、「IBM Quantum System One」が神奈川県川崎市にある「新川崎・創造のもり かわさき新産業創造センター」に設置されました。IBMの量子コンピューターが米国外に設置されるのは、ドイツに次いで2カ国目です。東京大学が占有使用権を持ち、企業や公的団体、大学などの研究機関と活用していきます。2020年7月に設立量子コンピューターの社会実装を目的とした産官学組織である「量子イノベーションイニシアチブ協議会」の参加企業(トヨタ、JSR、みずほなど)は、このIBM Q System Oneの実機にアクセスすることができます。このことで、機密性の高い実データを海外に持ち出すことなく、ソフトウェアやハードウェアの開発を進められるようになりました。また、用途開拓や人材育成のスピードを上げられるようになりました。
量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)が発足
2021年9月、量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)が発足しました。会員24社によって産学官で連携して、グローバルで確固たる「量子技術イノベーション立国」を目指しています。そのために、「産学官で連携して、量子技術に関わる基本原理、基本法則を改めて整理し、その応用可能性、必要となる産業構造、制度・ルールについての調査・提言等、新技術の応用と関連技術基盤の確立に向けた取り組みを推進していく」としています。政府は、2020年1月に最終報告としてまとめた「量子技術イノベーション戦略」に基づいて、基礎研究から社会実装に向けた取り組みを進めていますが、今回の動きもその延長線上にあると言います。各業界、各企業が進めている取り組みを一本化することで、産業化を推進したいという狙いがあります。
これらの動きから、量子技術が次世代の重要な技術に位置付けられており、その転換点にあること。そして、日本としても他国に後れを取らないように“オールジャパン”で力を入れて挑んでいこうという意気込みが見てとれます。
量子技術を活用したビジネス事例
では次に、金融・化学・自動車などの分野で、先行企業が量子技術を活用してどのようなイノベーションを起こそうとしているのかについて、みていきます。量子技術の中でも特に、量子コンピューターについてここでは触れていきます。
現在、量子コンピューターの強みが発揮できる分野として、材料科学や創薬があげられています。こうした特定の分野では、スーパーコンピューターで一万年以上かかる計算を数時間~数分でできるとも言われています。
その他に、量子コンピューターのメリットとして、省電力性があげられます。従来型コンピューターは電力を消費して熱を発する仕組みです。一方、超電導状態で動作する量子コンピューターは、電気抵抗がゼロになるため電流が熱に変換されず、ほとんど電力を消費しません。カナダD-Wave Systems社の量子コンピューターは、一度の計算自体に使う電力がたった20fW(フェルトワット:20Wの10億分の1のさらに100万分の1というとても小さい電力)であるという報道もあります。
自動車産業では、量子コンピューターの強みである「組み合わせ最適化」を活用して、次のようなことを検討しています。
- 自動車部品や電池向け素材の新素材発見
- 工場内の自動搬送車の制御最適化
- 都市の交通量の最適化による渋滞解消
- 目的地への移動ルートの最適化
上記のように、車の性能向上だけではなく、MaaS(マース:Mobility as a Service)への利活用を見据えていることがわかります。
その他には、航空産業では、機体の故障の原因分析や最適な空路の最適化などに、創薬の分野ではより早いワクチン開発へ、金融の分野ではリスク管理や企業価値の高精度予測及び金融商品の取引戦略の強化などへの利活用が検討されています。
量子技術を活用したエネルギー業界への影響とは
今度は、先述のようなイノベーションをエネルギー業界に転換して影響を考えてみます。例えば、量子コンピューターによる太陽光発電に使用するソーラーパネルの新素材開発です。より「軽く、強く、安い」新素材が出てくると、エネルギーの発電及び送電効率が向上することが期待されます。
他には、再生可能エネルギーが普及したときに危惧されている、デマンドコントロールシステムについても、より高速に、最適な電力の需給を促すことができるかもしれません。実際に、量子技術を活かした光格子時計による高精度な時刻同期が、エネルギー分野におけるスマートグリッドの蓄給電タイミング合わせの活用に期待されています。
私たちは、現在、約3千万年に1秒以下の誤差が出る時計(原子時計)を使用しています。その精度を高めるため、様々な研究がされています。その中で、2001年に東大の香取助教授(当時)が光格子時計という手法を考案しました。これは“魔法波長”と呼ばれる特別な波長(周波数)にレーザを使い,格子状に配列した僅か数十nmの微小空間に原子を閉じ込めることで,原子が吸収する光周波数を正確に測定して1秒を決めるものです。国際機関ITU-Tは時刻同期用の時計を現在のCs原子時計から光格子時計への変更を検討しているといいます。
スマートグリッドは”次世代送電網”とも呼ばれており、供給元・供給先にある電力制御装置をネットワーク化して、それらを統合的に制御することで、電力供給のさらなる効率化を図るシステムのことです。脱炭素社会に向けて、ますます太陽光など再生可能エネルギーでの自家発電が増えていきます。そのため、スマートグリッドにおける電力制御の方向は、送電網から供給先への一方向だけでなく、自家発電で余った電力の活用としてその逆の方向も考慮する必要が強まっています。
各所の電力制御装置を、タイミングを合わせて動作させないと電力が不安定になるため、電力ネットワーク内にある各電力制御装置が高精度に時刻同期していることが重要となり、光格子時計の活用が注目されているのです。
ちなみに、光格子時計に変更した場合、現在1~2週間ごとに正確な時刻を校正する作業が300年間も不要となるため、時刻校正用に必要としていた通信機器の消費電力と労力の大幅削減にも貢献できるといいます。
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執筆者情報
一般社団法人エネルギー情報センター
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