川崎重工の取り組みから見える日本の水素戦略と、世界各国の水素戦略について
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2022年03月29日
一般社団法人エネルギー情報センター
川崎重工業(以下、川崎重工)が大型ガスエンジンにおける水素30%混焼技術を開発。昨年には世界初の液化水素運搬船を公開しました。今回は、次世代のクリーンエネルギーである水素に注力する川崎重工の取り組みに注目しながら、日本の水素戦略と世界各国の水素戦略についてご紹介します。
川崎重工の取り組み①水素ガスエンジン
2022年3月16日、川崎重工が国内ガスエンジンメーカーとして初めて、水素を体積比30%までの割合で天然ガスと混焼して、安定した運用を実現できる燃焼技術を開発したことを発表しました。
画期的なのは、新機種では既存エンジンの信頼性を継承したまま水素エネルギーを活用することが可能な点です。180台以上の販売実績がある従来型ガスエンジンをベースに水素供給系統を追加するなど、必要最小限の変更で水素混焼を実現します。市場投入時期は、2025年を予定しているとのことです。
水素ガスエンジンは、日本のCO2発生量の約4割を占める発電分野における脱炭素化に貢献する重要な製品のひとつです。今回の技術では、天然ガス専焼のガスエンジンと比べて年間1,000トンのCO2を削減できるといいます。ちなみに、日本⼈1⼈あたりの年間CO2排出量は約2.3トン(出典:全国地球温暖化防止活動推進センター)なので、いかに効果が大きいかイメージできるかと思います。
他にも神戸港のポートアイランドで水素燃料ガスタービン発電の実証実験や、ドイツのRWEと世界初となる30MW 級ガスタービンの水素燃料 100%の発電実証の協議を開始するなど、川崎重工では近年、脱炭素社会の実現に向けて水素エネルギーへ注力をしてきました。昨年末に開かれた事業方針の進捗報告会では、2031年3月期に水素関連事業で450億円以上の営業利益をめざすと発表しています。
川崎重工の取り組み②液化水素運搬船
そのような目標を掲げる背景には、世界初の液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」の実用化の目途がたったことも大きな要因といえるでしょう。液化水素運搬船は水素普及のネックになっていた大量運搬による価格低減の要となります。
オーストラリアで採掘される安価な石炭「褐炭」をガス化して現地で水素を製造。マイナス253度に冷却し液体化することで体積を800分の1にし、大量輸送を目指します。一度に運べる液化水素は1250立方メートルで、水素を使う燃料電池車(FCV)1.5万台の燃料に相当する量といいます。
このように、利活用の技術だけでなく、製造、出荷、運搬、貯蔵といった技術まで一気通貫で取り組み行っている点でも水素エネルギーについて、世界でリードできる企業のひとつとして注目されています。
日本は水素社会で世界をリードすることを目指す
上記のような水素バリューチェーンの構築は産官学一体となったプロジェクトによるものです。実証実験には岩谷産業や電源開発、大手商社なども参画。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が支援しています。
それにより、水素コスト(プラント引渡しコスト)を、従来エネルギーと遜色のない水準まで低減させていくことを目指しています。水素・燃料電池戦略ロードマップ(2019年3月12日)によると、具体的には、「2030 年頃に 30 円/Nm3 程度、将来的に 20 円/Nm3 程度まで低減することを目標」としています。
そもそも日本では、2017年12月に世界で初めて、府省庁を横断する国家戦略である「水素基本戦略」が策定されました。また、2018年10月には、水素の利活用をグローバルな規模で推し進めていくためには、各国が足並みをそろえて、さらなる連携をはかっていくことが重要とし、経済産業省とNEDOが⽔素閣僚会議を開催しました。⽇本がリードして⽔素社会を実現していくという強い意志を感じさせています。
国際連携では、例えば、欧米の先進国に対して先⾏市場の獲得や、技術開発・標準化分野の協⼒を、中東や豪州の対資源国に対して⽔素製造・輸出に関する取り組みといったように、先進国・資源国・中国 それぞれをターゲットにした戦略を展開していくとしています。(以下図、参照)
それでは、ここからは世界各国の取り組みをご紹介します。
アメリカのバイデン政権は15日、産業分野の脱炭素化を推進するため、水素エネルギーの活用に95億ドル(約1兆1千億円)を投じることを柱とする戦略を発表しました。中国では、2017年から2018年の間に、水素開発への投資額は2292億元(約3.55兆円)を超えたというレポート(自然エネルギー財団)もあります。EUでは、欧州委員会が2020年 7 月に「欧州の気候中立に向けた水素戦略」を発表し、グリーン水素の推進を明確にするなど、世界中で水素戦略の策定が相次いでいます。
その中でも今回は、オーストラリアとドイツについて、詳しくご紹介します。
世界各国の取り組み①水素輸出に力点を置いた施策を展開するオーストラリア
オーストラリアは2019年に国家水素戦略を策定、2020年9月に水素を含む低炭素技術ロードマップを策定しました。再エネ輸出国を目指すという政府の方針のもと、クリーンエネルギーの導入が進んでいます。そのトップに水素エネルギーを位置づけて、再エネ由来の「グリーン水素」の輸出を強化しようとしています。
国家水素戦略では、以下のように2つのフェーズに分け施策を記載しています。
- ① 2025年までクリーン水素サプライチェーンを構築・試験・実証による、世界市場の拡大や価格競争力のある生産能力の開発
- ② 2025年以降産業規模の拡大・市場の活性化のための追加施策
また、具体的な定量目標を掲げている点が特徴で、低炭素技術ロードマップではクリーン水素の製造コスト目標を2 A$(159円)/kg以下と定めています。水素の輸出額は2025年に500億円、2040年には4,540億円になるとの試算も存在。その約4割が日本、次いで、韓国、中国といったアジア圏への輸出を想定しています。(以下図、参照)
世界各国の取り組み②水素社会への転換をAfterコロナの経済成長の好機と捉えるドイツ
ドイツはいち早く水素利用計画を推進した国です。2004年からFCVと水素ステーションの実証プロジェクトを開始。2007年からは「水素・燃料電池技術革新プログラム(NIP)」が始まり、技術開発への資金が投入されています。
2009年にはFCVと水素ステーションの全国的な普及を目指したインフラ整備を検討する官民一体のプロジェクト「H2 Mobility」が発足。日本貿易振興機構(ジェトロ)の「ドイツにおける水素戦略と企業ビジネス動向(2021 年 4 月)」によると、水素ステーションの設置数は計約100カ所ということです。
新型コロナウイルスからの経済回復に向けて政府は、総額 1,300 億ユーロの経済刺激策を導入。気候変動関連に振り向ける 400 億ユーロのうち 90 億ユーロを水素関連に充てます。内訳としては、 70 億ユーロを水素技術のコスト低減と国内の水素技術の市場強化に、20 億ユーロを国際的なパートナーシップの構築に投じることを決めています。
EUより1ヶ月早い2020年6月に国家水素戦略を策定。以下①、② のフェーズに分けて「水素生産」「水素の利用(交通・工業分野・熱利用)」「インフラと供給」「研究・教育・イノベーション」「欧州レベルで必要な行動」「国際水素市場と国外との経済的連携」といった重点分野に沿って、38 の具体的な施策と行動計画を掲げています。
- ①2023 年まで、水素市場の立ち上げ開始と機会の活用
- ②2030 年まで、国内・国際的な水素市場の立ち上げの強化
また、水素製造能力は、 2030 年までに 5GW、2040年までに10GWを目標に掲げています。国際連携では、ドイツも日本と同様に、中長期的に大量の水素を輸入する必要があるため、「国際的な水素市場と国際協力体制の確立が重要」とし、特に北アフリカ諸国との連携を進めています。
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執筆者情報
一般社団法人エネルギー情報センター
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