石橋秀一氏に聞く「電力とIOTの融合でライフスタイルを豊かにする時代に」

本連載は書籍『エネルギーデジタル化の未来』(2017年2月発行)より、コラム記事を再構成して掲載します。(コラム執筆:2016/11/18)

株式会社Sassor CEO 石橋秀一氏

1979年、千葉県香取市出身、2008年に慶應義塾大学政策・メディア研究科修了。2010年に株式会社Sassorを創業。

電力とIOTのコラボレーション、現在は産業分野でのニーズが活発

電力業界でのIOT活用への関心が徐々に高まっています。その注目度の高さを牽引するのは、やはり「電気代の削減」という目に見えて分かりやすいメリットです。特に動きが活発であるのが、工場やプラントなどのデマンドコントロールといった分野になります。大規模な施設であれば電気代も高額となりますので、高い省エネ効果を期待できますし、経費削減の観点からも魅力的に映るのではないかと思います。

一方で、コンシューマー向けは現在の段階では、なかなかビジネスに結び付けることが難しい状況です。各家庭が支払う電気代は少額となりますので、機器の開発段階から単価や効果を強く意識する必要があり、今はまだトライアンドエラーが必要な時期であるといえます。ただ、当社はこれまでコンシューマー向けの収益化に向け、試行錯誤を長年にわたり繰り返してきました。そうした活動の中で見えてきたこともあり、今後は単純な省エネではなく、ライフスタイルそれ自体を豊かにするような発想が必要になると考えています。

電力業界での活動は偶然

会社は2010年にスタートしました。2010年というのは、IOTベンチャーとしては最も初期の世代にあたります。当時は、電力業界にフォーカスするつもりはありませんでしたが、偶然にも最初の仕事が電力関連であり、ビジネスを拡げていくきっかけとなりました。

最初に弊社で販売を開始したのは、コンシューマー向けのスマートタップです。コンセントにデバイスを差し込み、機器ごとの電力をクラウド上で管理するものです。一コンセントあたりの価格は2万円ほどで、100セット限定で販売していました。しかし、費用対効果の側面からも、よほど意識の高い層にしか販売に結び付きませんでした。現在は、この商品は生産を終了しているのですが、このときコンシューマー向けとして、電力とIOTを結びつけることの難しさを強く実感しました。

その後、飲食店から機器ごとの消費電力の計測を活用した省エネコンサルのご依頼をいただき、そこから事業を発展させていきました。店舗ごとの電気の利用状態を管理することで、機器単体ごとの無駄と使い方の間違いを分析します。例えば、機器のつけ忘れや消し忘れといった部分から、エアコンや熱を利用する機器の運用の仕方まで分析し、アドバイスやレポート提出をするといった内容です。こうして得られた経験は、弊社において今なお貴重な財産となっています。また、NTTデータとの提携ではNTTデータが提供する電力事業者向けの顧客管理システムの付加価値として、弊社電力管理サービス等との連携ができないか検討を行っています。

電力×IOT事業は、ベンチャーでも戦うことのできる領域

最近は、「集めたデータをどう分析したらいいかアドバイスがほしい」といった相談が増えています。例えば、住宅の家電製品などを最適に制御することで、効率的な省エネを実現するアルゴリズムを考えてほしいという類の相談です。その仕組みは、機器の電力データや操作履歴を吸い上げて、家庭ごとのパターンを反映し、機器を効率的に管理するといったものです。ここで難しいのは、最適な解を生み出す一律のアルゴリズムというものは存在しない点です。そのため、各々の条件を勘案しチューニングをする必要が出てきます。例えば、個別の家電が持つスペックを考慮する必要がありますし、居住者の生活自体を不便にしないような配慮も重要です。

そうした様々な制約がありますので、個別の状況に合わせてアルゴリズムを作る必要があります。このアルゴリズムを作る上では、経験則からの着眼も非常に大切で、それが品質向上に寄与していると考えています。例えば、電力データのみから、いつ帰って、何時に起きて、いつ料理して、といった行動を類推することは、これまでの経験の蓄積があったため分析することができます。

データ分析やアルゴリズム開発というのは、そもそも保有しているデータやトライアンドエラーが少ないと、精度の高い成果が得られません。その点で、弊社は長年にわたるデータ分析のノウハウがあり、加えて特許取得済みのアルゴリズムもあります。そこで重要となるのは、個々人が年月をかけて蓄積してきた、職人的な分析と洞察です。こうした観点から、この分野は、分析する技術さえ持っていれば、資本力の小さなベンチャーでも戦うことのできる領域だと考えています。

最近注目している会社は、アメリカの「C3IOT」です。企業が集めたデータ分析をしていこうとすると、汎用的なツールは大変難しいため、業種ごとに作りこみが必要になります。そこには大変な手間がかかるのですが、「C3IOT」では様々な業種業界別で使える分析環境を企業に提供しています。データ分析が、より身近になっていくのではないかと考えています。

電力とIOTの融合でライフスタイルを豊かにする時代に

電力とIOTの分野では、今は省エネへの関心が高いですが、今後は1人1人の生活を豊かにするような技術や製品が生み出されていくと考えています。

弊社はこれまでの積み重ねにより、回路設計から製品製造、そしてクラウド上のソフトウェアの開発、そのほか集めたデータの分析や人工知能開発まで手掛けられるようになりました。こうした、長年にわたるデータ分析のノウハウと、一気通貫で製品やサービスを作ることができることが強みになっています。創業当初と比較すると成長した部分も多く、もてる知恵を最大限に生かしながら、新しいサービスの開発を進めています。例えば、電気コードに付けるだけで電気代が分かる「スマートクリップ(仮)」という製品を開発中です。この機器をコードに付けると、スマートフォンなどで電力利用データを見ることができます。どういった家電が、どのくらい電気を使っているのか、といったことがリアルタイムに分かります。家庭向けでは、価格が大切であることを痛感しています。試行錯誤を繰り返して低コスト化を進め、目標としては、スマートクリップ1つが1000円をきる価格帯を目指しています。

また、住宅の面では、電気の利用データ以外に環境センサーを設置することにより、居住者の生活改善を促すサービスが考えられます。環境センサーは、温度、湿度、気圧、照度、人感、騒音、といった6種類のデータを収集することができますが、そこで集めたデータと電力利用データを組み合わせることで、新しい価値を提供します。具体的には、例えば健康状態を診断し、早く寝たほうがいい、ずっと同じところに座っているから運動不足であるなど、生活に密着したアドバイスが可能となります。

スマートメーターがウェアラブルデバイスや環境センサーと連携していくことで、電力利用データや、体温などのバイタルデータ、湿度などの室内データが複合的に連携し、新しい付加価値を提供できるような未来が考えられます。電力の利用形態は十人十色です。よりパーソナライズされた分析が、生活自体を豊かにしていくと思います。電力とIOTの融合には多くの可能性が秘められています。自らの挑戦も含めて、新しい技術やサービスが生まれていくことを期待しています。

前の記事:【後編】速水浩平氏に聞く「大きな目標のひとつは「波力発電」を実現させること」