【前編】速水浩平氏に聞く「身近な道具から社会インフラまで幅広く活躍する『振動力発電』」

株式会社音力発電の代表取締役である速水浩平氏に、身近な道具から社会インフラまで幅広く活躍する『振動力発電』についてお話を伺いました。(インタビュアー:一般社団法人エネルギー情報センター理事・江田健二氏)

本連載は書籍『エネルギーデジタル化の未来』(2017年2月発行)より、インタビュー記事を再構成して掲載します。(インタビュー:2016/12/13)

株式会社音力発電 代表取締役 速水浩平氏

2006年、慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学大学院政策・メディア研究科に進学。在学中の2003年から「音力・振動力発電」の研究を本格的に始め、2006年9月に株式会社音力発電を設立。

「音力発電」は、小学生時代の「発明ノート」から誕生

Q1.いつごろから、この事業について考えていたのですか? 起業までの道のりを教えてください。

もともと発明好きな少年で、小学生のころから「発明ノート」というものをつくり、思い浮かんだアイデアをため込んでいました。その中に書いたアイデアのひとつが「音力発電」のもととなっています。小学校の理科の授業で、電気でモーターを回すのではなく、モーターを回して発電する(電気を生み出す)ということを習ったのがきっかけです。同じことを音からできないかと考えました。つまり、スピーカーは、電気を使って音を出していますが、逆に音から発電できないかと考えたのです。

小学生のときにヒントを得た音力発電について、本格的に取り組んだのは大学に入ってからです。私が学生生活を過ごした慶應義塾大学SFCは、やる気のある学生に挑戦のチャンスが与えられるような活気のある学び舎でした。

研究テーマを決める際には、まずは小・中・高等学校と自分なりに考えて調べ、温めてきたアイデアのうち、特に関心の高い6つをピックアップしました。その中から研究テーマをひとつに絞り込んだのですが、それが音力発電でした。音で発電するメカニズムを徐々に改良していったのですが、実際に商品化を考えた場合に発電量が少ないという課題が浮かび上がってきました。そこで、発想を転換し、ほかに応用できないかと考えました。具体的には、音は空気中を伝う振動なので、音以外の振動にも応用していこうと考えました。

このような発想で生まれたのが、当社の主力商品である「発電床」です。人が歩行することによって床に生まれる振動を電気に変換する仕組みです。歩行だけに限らず、パネルに振動を与えれば、どんなアクションでも電気を生み出すことができます。椅子に座ることや、壁をドンドン叩くといったアクションから生まれるのです。

発電床の研究が進んでくると、会社を立ち上げたいという気持ちが次第に強くなっていきました。まずは、個人事業主として事業を展開し、地元の企業から発電床と絡めた開発の仕事を始めました。仕事の相談も少しずつ増えていき、一定の目途がついたタイミングでベンチャー企業の設立を進めました。

起業した当初は、すべてを自分でやらなければなりませんでした。そこで、慶應義塾のネットワークを幅広く活用したメンター三田会が開催している無料合同相談会を利用しました(メンター三田会では、ベンチャー企業を設立したい学生向けの相談会が月に1回ほどありました)。確かに、会社を立ち上げた当初はひとりだけでしたが、メンター三田会などを通じてさまざまなバックアップやアドバイスがあり、事業を軌道に乗せることができました。

最初に商品を買ってくれたのは、文具やオフィス家具などを扱うコクヨ

Q2.事業飛躍のきっかけは? どのように事業を展開してきたのですか?

会社を始めた当初は、発電床のレンタル販売が主力でした。例えば、クリスマスイルミネーションを灯すために、発電床をレンタルで貸し出すビジネスです。今でもレンタル事業は継続していて、通常、月に数件の依頼がきています。クリスマスやバレンタインといったイベントとは相性がよく、依頼が通常の倍以上に増えます。イベントなどで利用してもらうことで多くの人の目に触れ、発電床の宣伝にもなりますし、さまざまな使い方をしてもらうことで、耐久性の検証にもなっています。

こうしたレンタル事業や開発事業を続けるなかで、文具メーカーのコクヨさんに関心を持っていただき、初めて製品として販売することができました。今なお、コクヨさんとは一緒に事業をさせていただくほか、当社に出資いただくなどの支援もいただいています。

社会的な信用力がある企業に発電床に採用されたことが、プロモーションの起爆剤となり、テレビや新聞・雑誌などメディアにも取り上げていただきました。それが、さまざまな業界に広がっていき、お客様のニーズに合わせた特注品の注文が次々とくるようになりました。

現在は、特注品ではなく発電床をパッケージ化し、量産化しています。「15センチ×15センチ」というサイズと、倍の大きさである「30センチ×30センチ」という2種類があります。お客様から相談を受けた際には、まずは量産化したユニットでニーズを満たせるのかを考え、難しければ特注品を検討します。

身近な道具から社会インフラまで幅広く活躍する「振動力発電」

Q3.具体的な導入事例などを教えていただけますか?

例えば、日本バレーボール協会さんと協力し、バレーボールの会場内に発電床を取り付け、踏むとスマートフォンにBluetooth(デジタル機器用の近距離無線通信規格のひとつ)が飛ぶシステムを設置しました。発電床にはID(認識番号)が振ってあり、クラウドサーバー上に登録してある情報と照らし合わせ、誰が、いつ、どこに来たのか、というようなことがわかる仕組みです。スマートフォンとAR(拡張現実)技術を活用することで、バレーボール選手と一緒に写真を撮ることや、クーポンがもらえるなどの特典を受けることができます。日本バレーボール協会さんとしては、バレーボール会場にたくさんの観客を呼びたいというニーズがありました。そうしたニーズを満たす解決策として、発電床の技術がうまくマッチしました。バレーボールの試合に限らず、発電床の技術は応用の幅が広いです。ほかにも、一部の美術館には、音声で説明を聞くことのできる装置がありますが、その装置の代わりに発電床を利用できます。絵画の前で床を踏むと、音声で説明してくれるという仕組みです。

介護の世界でも活用を進めています。介護施設では、入居者が勝手に建物から外出したことがわかるセンサーとしての使い道があります。サンダルに発電床のシステムを組み込み、各部屋から外に出た際に感知するような仕組みです。簡易的な実験も既に実施しており、一定の効果をあげています。また、光るタイプの「発電靴」も考えられます。夜間に施設の入居者が外に出て行って徘徊してしまう場合は、思わぬ交通事故につながる可能性があるので大変危険です。ある地域では、1日に平均2人の徘徊が通報されているといいます。そのため、この地域では、ボランティアで捜索する体制が整っているのですが、夜になると暗くなり、探すのが難しいということもあって当社の技術が貢献できればと考えています。施設の入居者には、発電靴を履いてもらい安全性を高めるというプロジェクトを進めています。電源は、乾電池でも応用ができそうですが、充電量の確認が煩雑ですので、歩くだけで発電できる当社の技術が有効です。

交通インフラの事例としては、「スマートブリッジ」化があります。橋に1メートル間隔でセンサーを置くことで、ゆがみを検知するものです。そうすると、事前に修理するべき箇所がわかるので、橋の寿命を延ばすことができます。橋梁は、ほぼ常に風等により揺れております。更に自動車が通ることによっても揺れますので、その振動を電気に変換することでセンサーを稼働させる仕組みです。橋は、もともとの建設費用が高額なので、寿命が延びると経済効果も大きくなります。 また、道路に設置することで、交通量のカウンターや駐車場の空き状況管理システムといった活用も可能です。例えば、高速道路を走っていると、サービスエリアの駐車場に空きがあるか、もしくは満車であるか表示されますよね。ただし、100%確実ではなく、より精度を高めるにはセンサーを設置する必要があります。その電源を、発電床で賄うことができると考えています。

子供たちに人気があったものでは、「発電長縄跳び」があります。長縄跳びが透明のチューブになっており、中にLED(発光ダイオード)が入っている仕組みです。長縄跳びを回すと発電し、光の輪っかの中を飛んでいるように見えます。小学生や中学生には、大変人気があり、たくさんの児童・生徒が遊んでくれました。長縄跳びのプロの方がダブルタッチといった技を披露してくれて、それは大変カッコよく、多くのメディアに取り上げられました。

振動力発電を、より多くの人たちに知ってもらうためにわかりやすさを大切にしています。確かに当社の商品は、専門性が高く、技術的な理解が必要な部分もあります。ただ、難しいことをわかりやすく、かみ砕く工夫をすることで、いろいろな人たちを巻き込むことができます。そもそも振動があらゆるところに存在しているという特徴と、わかりやすく説明しようと工夫している点が、さまざまな分野で幅広くご利用いただいている秘訣だと考えています。

こだわりは、日常的な動作で発電できること

Q4.事業を進めていくにあたって、大切にしていることや苦労したことを教えてください。

床を踏むと発電できる当社の技術ですが、もし歩いてフニャフニャする床であれば歩きにくいですよね。フニャフニャとした床のほうが発電量はたくさん得られるのですが、そうするとなかなか普及が進みません。有益な技術であっても、ひとたび不便を覚えるような仕組みでは、結局、使ってくれなくなると考えています。そのため、踏んだ感覚も普通の床とほとんど変わらず、日常的に利用できるように改良を重ねています。そこは、非常にこだわっている部分です。

起業して初めてわかったのですが、量産化までには長い道のりが必要です。まず、工場に試作品の製作を依頼しますが、工場が感じている常識と当社の技術ノウハウに差異がいくつもあります。その差異を埋めるやり取りは、非常に時間がかかります。やっとの思いで試作品ができたあとも、実際に量産化するとなるとさまざまな問題に直面しました。例えば、耐久性や規格による制限、大きさなどといった課題をクリアする必要があります。実際に製品を納める際には、追加で1年半、テストを行いました。耐久性に関しては、100万回繰り返し踏むことを想定した試験に合格しています。通常の家庭内の利用であれば、30年以上は取り換える必要がないと想定しています。そのように試行錯誤を繰り返し、改良を重ねる日々を経て、5年間をかけて量産化が実現しました。いま思うと、このテストを繰り返すプロセスは大変重要だったと考えています。厳しいテストをクリアしているので信用されますし、自信を持って売ることもできるようになりました。

お客様からの要望のなかでも、発電量の大きさよりも耐久性や低価格を求められることが多いです。個々のイベントや企画で発電床の利用を検討する際も、発電量は既に十分であり、それよりも耐久性を高めてほしいといった要望を受けます。技術が世の中に普及していくには、総合的な視点で各業界の企画やニーズなどにも合わせていく必要があると考えています。

また、現在、特許を45件ほど保有しています。当社の役割として特許の管理や仕様の設計など、技術的にコアな部分を中心に事業展開しています。技術面については、当初は外部に漏らさないように細心の注意を払っていました。ただ、あまりブラックボックス(秘密の部分)が多いと製造がうまく進んでいかないジレンマ(板挟み)があります。生産を委託する工場には製品をつくってもらう必要があるので、細かいところまでノウハウを伝える必要があるからです。そのため、信頼できる企業や担当者を見つけていく必要があります。

守るべきノウハウとオープンにしてもよいノウハウをバランスよく考えていく必要があります。Amazonで発電キットを販売していますが、そうすると分解して誰でも調べることができます。中身を見られるという不安もありますが、むしろ身近に親しんでもらい、手に取って試してもらうほうが信用され、結果的に事業が成功すると考えています。現在販売している製品を分解して中身を見ただけでは、実際のものづくりにおいて重要な技術やノウハウは、分かりにくいと思います。守るべき技術とノウハウを区別して、公開出来る、公開すべきと思うものは、積極的に公開して、社会に浸透する技術にしたいと思います。

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