脱炭素領域の採用市場の現状と展望

2024年07月01日

グリーンタレントハブ株式会社

井口和宏

脱炭素領域の採用市場の現状と展望の写真

寄稿者:グリーンタレントハブ株式会社 代表取締役 井口和宏
脱炭素領域の採用市場の現状と今後の展望について、日頃多くの採用企業・転職検討者(グリーンタレント)と接している経験から蓄積されたリアルな情報に基づきお伝えします。

脱炭素社会の実現に向けて、企業の取り組みが加速する中、脱炭素領域の採用市場も活性化しています。しかし、必要とされる人材像やスキルセットは、まだ明確になっていないのが現状です。
グリーンタレントハブは、脱炭素領域に特化した総合人材サービス(採用支援/転職支援、研修/人材育成)を手掛けています。脱炭素領域の採用市場の現状と今後の展望について、日頃多くの採用企業・転職検討者(グリーンタレント)と接している経験から蓄積されたリアルな情報に基づきお伝えします。

 

日本の新成長市場として注目される脱炭素領域

 

脱炭素領域は、日本の数少ない新成長市場だといえます。背景には、国を挙げての巨額な投資計画があります。政府は今後10年間で20兆円の投資を決定し、さらに民間からの投資を引っ張ることで、官民合計150兆円のGX(グリーントランスフォーメーション)投資を目指しています。

 

 

この投資の対象は、次世代エネルギーや再生可能エネルギー、産業のGXなど多岐にわたります。さらに、水素や二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCS/CCUS)などの革新的技術の研究開発にも投資が行われる予定です。こうした大規模な投資が、脱炭素領域の成長を後押しすることは間違いありません。

 

一方で、企業にはサプライチェーン全体のCO2排出量(スコープ3)の開示義務化が迫っており、各社とも対応に追われている状況です。自社の排出量だけでなく、取引先や顧客も含めたサプライチェーン全体での排出量の可視化と削減が求められるようになってきたのです。

 

こうした動きを受け、日本のベンチャーキャピタルも、ようやく脱炭素領域に本格的に投資を始めました。環境エネルギー投資は5号ファンドを立ち上げ、運用資金300億円を投じると発表しました。Energy Transition、Mobility & Transportation 及び Smart Society の 3つの投資領域に注力するとのことです。独立系ベンチャーキャピタルのANRIはクリーンテックに特化したANRI GREEN 1号ファンドを設立。期間を通常の10年から12年に延ばし、長期的な視点で企業を支援していく方針を打ち出しました。また、官民ファンドの脱炭素化支援機構(JICN)は、400億円規模のファンドを組成。エクイティ投資だけでなく、プロジェクトファイナンスやメザニンファイナンスなど、多様な金融手法を活用していくそうです。

 

こうしたベンチャーキャピタルの動きは、脱炭素領域のスタートアップにとって追い風になるはずです。投資を受けた企業は、その資金を元手に優秀な人材の採用を進めることができるからです。今後、脱炭素領域のスタートアップによる採用競争が一層激しくなることが予想されます。

 

 

多様なプレイヤーが参入する脱炭素ビジネス

 

脱炭素領域には、実に様々な企業が参入しています。当社では、この領域を「クリーンエネルギー」「建設」「輸送」「アグリ・フードテック」「スマートテクノロジー」「コンサルティングファーム」の6つに分類しています。

 

クリーンエネルギー分野では、再生可能エネルギーの発電事業者が中心的な存在です。太陽光、風力、バイオマスなどを手掛ける企業が数多く参入しています。電力の小売全面自由化以降は、新電力やガス事業者の動きも活発化。自家消費型の発電所を建設したり、再エネ電力メニューを拡充したりと、脱炭素へのシフトを進めています。独自の発電技術を開発するスタートアップも現れました。核融合発電の京都フュージョニアリングや、高温ガス炉による熱の脱炭素化を手掛けるBlossom Energyなどがその代表格です。需要家サイドでも、再エネ調達を進める企業が増えています。GoogleやAWS、ソフトバンクなどのデジタル企業が、積極的に動いています。

建設分野では、ゼロエミッション建築やZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)への対応が進んでいます。清水建設や鹿島建設、JFEエンジニアリングなどが、カーボンニュートラル関連の建設事業を手掛けています。環境配慮型の素材開発にも注目が集まっています。

輸送分野では、電動化の流れが加速しています。EVやFCV、マイクロモビリティ関連の企業が脚光を浴びています。トヨタは次世代技術開発を担う子会社「Woven Planet」を設立し、自動運転やMaaSにも積極的に取り組んでいます。HONDAもEV専用プラットフォームの開発を進めるなど、次世代モビリティへのシフトを鮮明にしました。自動運転EVスタートアップのチューリングは、2030年にはテスラを超えるという大きな目標を掲げて、優秀な人材を結集させています。

アグリ・フードテック分野は、農業のスマート化と食の持続可能性が主なテーマです。ミドリムシを活用した食品開発のユーグレナが代表的なプレーヤーと言えるでしょう。環境に優しいバイオ化学品を開発するBioPhenolicsや、サステナブルな食の実現に向けた取り組みを進める坂ノ途中などが挙げられます。

 

スマートテクノロジー分野は、IoTやAIなどのデジタル技術を活用して、脱炭素化を促進する領域です。アスエネやゼロボード、Boost Technologiesなどが提供するGHG(温室効果ガス)の見える化サービスは、上場企業の脱炭素化対応の第一歩として注目を集めています。その他、ESG評価やサステナビリティ開示の支援、再エネ由来の電力トレーサビリティなど、脱炭素関連のソリューションを手掛けるスタートアップが数多く誕生しています。

コンサルティングファームも、この分野での存在感を高めています。大手戦略ファームは、サステナビリティ経営の策定から実行支援まで、幅広いソリューションを提供。専門特化型のファームも台頭しています。カーボンプライシングの制度設計を支援するアジャイルメディア、企業の脱炭素化をサポートするCO2バンクなどは、高度な専門性を武器に差別化を図っています。

GX推進人材が採用市場の主役に

 

脱炭素領域の採用市場は、急成長を遂げています。リクルートが発表した調査結果によると、この5年でグリーントランスフォーメーション関連の求人数が5.87倍に増加したそうです。特に企業の間で、GXを推進する企画人材のニーズが高まっています。

 

ソフトバンクは、「グリーンな社会インフラの整備」「再エネ電力100%」「法人・家庭向けのGXサービス展開」の3つを柱に、脱炭素化を進めています。これらの取り組みを企画・推進する人材を募集していますが、必須の要件は「電力事業の業務知見」。再エネ関連の知識や経験があればなおよしという位置づけです。優秀な人材を獲得するため、年収は最大1,500万円に設定されています。

 

GoogleやAWSも、自社データセンター向けの再エネ電力を調達する専門人材を求めています。Googleの募集するEnergy Market Negotiatorは、電力市場での取引経験や直接調達の経験が必須要件。AWSも同様のポジションを募集中ですが、エネルギー業界での10年以上の実務経験と英語力が求められています。

 

コンサルティングファームでは、サステナビリティ関連のコンサルタント職の採用が活発です。マッキンゼーではマネージャー職が募集されていますが、コンサルティング経験者であることが必須要件となっています。PwCはサステナビリティ専門の子会社を設立し、戦略策定と実行支援の2つのポジションで採用を進めています。前者は事業会社でのサステナビリティ関連の経験が、後者はコンサル経験が求められていますね。事業会社のサステナビリティ担当からコンサルファームへの転身も珍しくなくなってきました。

 

「ヒューマンスキル」と「ポータブルスキル」が必須要件に

 

脱炭素領域で求められる人材要件は大きく3つに分類できます。1つ目は「ヒューマンスキル・スタンス」。コミュニケーション力やチームワーク、タイムマネジメント力など、仕事で成果を出すために欠かせない基本的な能力です。リーダーシップやモチベーション、やりきる力なども含まれます。

2つ目は「ポータブルスキル」。業界を越えて応用可能な資料作成力、プレゼン力、ロジカルシンキング、英語力などが該当します。プロダクトマネジメントやビジネス開発、営業といった職種に求められるスキルも、この範疇に入るでしょう。転職の際に、前職とは異なる業界でも武器になるスキルです。

 

3つ目は「テクニカルスキル(グリーンスキル)」。再エネ開発や電力取引の経験、関連法規の知識、太陽光や蓄電池などの商材知識など、脱炭素ビジネス特有のスキルセットです。系統運用や発電事業のノウハウ、CO2の排出量算定や削減ソリューションの提案力なども、重要なスキルと言えます。

 

現状は1つ目と2つ目が必須要件で、3つ目は歓迎要件となるケースが多いですが、今後はグリーンスキルの重要性が高まり、必須化されるでしょう。企業の採用基準は様々ですが、30~40代前半までの即戦力人材のニーズが高いですね。経験年数は、ポジションにもよりますが、10年前後が1つの目安だと思います。

 

事業会社からコンサルファームに転職する際は、コンサルタントとしての適性も問われます。100%確信が持てなくても前に進む決断力や、変化を楽しむマインドセットが求められるのがコンサルの仕事。柔軟性を備えつつ、自らのスタイルを変革していく姿勢が大切です。年齢は関係ありません。シニアの方でも、その適性と専門性があれば活躍の場は十分にあると考えています。

 

 

異業種からの転職、シニア層の活躍の場も

 

グリーンタレントハブには、非常に多様なバックグラウンドの転職希望者にご登録いただいています。異業種からの転職事例では、フィンテック企業のプロダクトマネージャーだった20代男性が、パワエックスのプロダクトマネージャーに転身したケースがありました。書類選考の段階で、志望動機や自己PR、ポートフォリオを強化。プレゼン面接に向けては、製品企画書の作成をサポートしました。電力業界の知見をインプットすることで、説得力のある提案を行うことができたようです。

 

コンサルファームからスタートアップへの転職も増えています。30代女性が戦略ファームからディープテックスタートアップのチーフ・オブ・スタッフに就いた例もありますね。このケースはVCからの紹介案件でした。経営人材を獲得できないと次の資金調達ラウンドに進めない、というスタートアップは少なくありません。VC担当者との面談を経て、入念な事前準備を行ったことで、スムーズなオファーに至りました。

 

最近は、行政の環境エネルギー関連部署からの転職希望も増えています。市役所のカーボンニュートラル推進担当が、コンサルファームを目指すケースなどです。官民連携プロジェクトの推進役として、その知見とネットワークが評価されることも多いですね。

 

シニア層の方にも、活躍の場が広がっています。60代男性が発電事業者のアドバイザーに転身するなど、長年の経験を生かしたキャリアチェンジが可能になってきました。

 

こちらの事例は、弊社CEOとの深い信頼関係がマッチングの決め手となりました。定年再雇用ではなく、新たな活躍の場を求める60代の方は確実に増えています。

変化の中の専門性がキャリアの武器に

脱炭素領域は、今まさに大きな変化の真っ只中にあります。そんな中でキャリアを築くには、変化を楽しむ気持ちと同時に、ブレない軸を持つことが大切だと思います。

 

自身の専門性を磨きつつ、新しいことにもどんどんチャレンジする。そんな柔軟でタフな人材が求められています。再エネの開発や電力の需給管理、CO2排出量の見える化など、脱炭素化に直結する専門分野の経験やスキルは、確実に差別化要因になります。

 

一方で、デジタル化の波は脱炭素領域にも押し寄せています。再エネ発電の最適制御にAIを活用したり、サプライチェーン全体のCO2排出量をブロックチェーンで管理したり。デジタル技術は、脱炭素ビジネスのゲームチェンジャーとなる可能性を秘めています。専門分野の枠を越えて、デジタル技術への理解を深めておくことも重要だと考えています。

 

変化の中で専門性を深め、他分野の知見も柔軟に取り入れる。そうした学び続ける姿勢こそが、脱炭素領域でのキャリア形成に欠かせないスキルなのかもしれません。

 

キャリアの選択肢を広げるチャンスが目の前に

経験を積むには、今がまさにチャンスです。脱炭素領域での実績は、年齢に関係なく、将来のキャリアの武器になるはずです。営業やマーケティング、コンサルタントなど、あらゆる職種で専門人材が不足しているのが実情です。需要に対して圧倒的に供給が追い付いていないのが、この領域の採用市場だと言えます。

 

脱炭素ビジネスの広がりは、定年後のキャリア選択の幅も大きく広げてくれるでしょう。定年後に始まる10年、20年は、これまでの経験やスキルを新しいフィールドで発揮する絶好のチャンス。年齢は関係ありません。60代、70代の方々が、イノベーションの最前線で活躍する。そんな新しいキャリアモデルを生み出すのが、脱炭素領域なのではと考えています。

 

中途採用市場の活況は、この先10年以上続くと予測しています。日本のGX投資が150兆円規模に達するには、少なくともそれだけの時間軸が必要でしょう。グリーン成長戦略の対象分野は14にも及びます。洋上風力や燃料アンモニア、カーボンリサイクルなどの新市場が立ち上がり、企業の採用意欲はさらに高まっていく。そう考えると、いま脱炭素領域に飛び込むことは、自らのキャリアの選択肢を大きく広げる賢明な選択だと言えるかもしれません。

 

変化の中で専門性を発揮し、イノベーションを創出する。多様な人材の活躍が期待される、新たなフィールド。それが脱炭素領域だと言えるのではないでしょうか。私は、一人でも多くの挑戦者と出会い、その想いに寄り添うキャリアパートナーでありたいと考えています。日本のGXを支える多様な人材を、グリーンタレントハブから輩出していく。それが私の使命だと捉えています。

 

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井口和宏

株式会社アイアンドシー・クルーズ(株式会社じげんに売却)にて、人材紹介事業にプレイングマネージャーとして約4年間従事。その後、電力・ガス領域の新規事業立ち上げをマネージャーとして推進。 2018年創業に参画した株式会社シェアリングエネルギーでは、事業開発室長・エバンジャリストとして、エネルギーテック領域の新規事業開発、広報/PR、マーケティング業務をリード。シリーズBラウンドを通じて、累計80億円超の資金調達に貢献。 数少ない成長産業の1つである脱炭素領域で、圧倒的に人材が足りていないことに当事者として課題意識と可能性を感じ、グリーンタレントハブ創業。

企業・団体名 グリーンタレントハブ株式会社
所在地 東京都品川区上大崎2-15-19
電話番号 080-1239-7196
会社HP https://greenth.co.jp/
サービス・メディア等 https://greenth.co.jp/mag/
https://forms.gle/ACFobaKAcRpShUiE7

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