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ナフサ不足がもたらす産業・エネルギーへの影響【第2回】ナフサ不足はどこまで広がるのか ―建設・物流・産業への波及影響―

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前回は、ナフサの供給リスクが高まっている背景として、ホルムズ海峡の通航リスク、中東依存という調達構造の脆さ、製油所再編、GXによるエネルギー構造転換といった要因を整理しました。 今回は、その影響がどこまで広がるのかを、産業ごとのサプライチェーンの視点から読み解きます。 ナフサ問題は石油化学業界だけの話ではありません。包装材、建材、塗料、物流資材、医療品容器など、多くの製品や産業がナフサ由来の原料に支えられています。供給制約や価格上昇が発生すると、その影響は川下産業へと連鎖的に広がっていきます。

石油化学業界への影響 川上から始まる連鎖

ナフサ供給リスクの影響は、まず石油化学業界の川上から始まります。ここで何が起きているのかを把握することが、川下への波及を理解する出発点になります。

エチレンプラントの減産と原料価格の急騰

国内12基あるエチレン生産プラントのうち、2026年4月時点で6基が減産体制(停止ではなく稼働を絞った状態)となり、稼働プラントの実質稼働率は67.3%と、前年同月の78.6%を大きく下回りました。石油化学工業協会によると、定期修繕の集中や稼働率低下の影響により、エチレン生産量は前年同月比37.1%減となっています(石油化学工業協会 2026年5月21日)。

エチレン・プロピレンの生産が絞られれば、その先にあるポリエチレン・ポリプロピレン・ポリ塩化ビニルなど川中製品の生産も連動して制約されます。

国産ナフサ価格は2026年4月に101,740円/kLとなり、前月の66,070円/kLから約54%上昇しました(新電力ネット「ナフサ価格」、財務省通関統計)。石油化学各社は原料コストの上昇分を製品価格に転嫁せざるを得ない状況となっており、川中段階での価格転嫁が進むほど、川下産業へのコスト圧力は増していきます。

「在庫はある」のに「届かない」問題

足元では、政府は「全体として必要なナフサの量は確保できている」という説明を続けています。この発言は日本全体の総量としては一定の根拠があります。実際、代替調達の加速や備蓄放出により、原油・石油製品の総量確保という意味では対応が進んでいます。

ただし、経済産業省は2026年6月2日時点の公表資料で、「一部で供給の偏りや流通の目詰まりが生じている」との認識も示しています。総量の確保と現場での調達円滑化は必ずしも一致しません。

問題の本質は流通構造にあります。図1に示すとおり、川上の石油化学メーカーに原料があっても、商社・シンナーメーカー・卸小売という各段階で目詰まりが発生すれば、塗装事業者や工務店には届きません。政府が「在庫」として計上しているポリエチレンのペレットは、インクや塗料の原料そのものではなく、流通段階では大口顧客が優先されるため、小口取引の中小企業には届きにくい構造になっています。

【図1】塗料・シンナーの流通フローと目詰まりの構造 出典:経済産業省「中東情勢を踏まえた燃料油・石油製品の安定供給確保及び重要物資の安定的な供給確保の対応状況」令和8年5月21日

帝国データバンクの分析では、ナフサ関連製品の調達リスクに直面する可能性がある製造業は全国で4万6,741社に上り、集計対象となった製造業全体の約3割を占めると試算されています。

ナフサ不足の影響は「原料が足りない」という単純な問題ではなく、サプライチェーン全体の流通や配分の問題として現れているのです。

建設分野への波及 塗料・断熱材・配管材が同時に

建設業界はナフサ由来の素材への依存度が特に高い産業の一つです。住宅・商業施設・インフラのいずれにおいても、塗料・断熱材・配管材・接着剤・防水材など、多くの建材にナフサ由来の原料が使われています。

受注停止と納期遅延の連鎖

2026年4月には、TOTOやLIXIL、クリナップなど住宅設備大手が、接着剤やコーティング材に使われる有機溶剤の調達難を背景に、受注停止や納期未定などの対応を発表しました。赤澤経済産業大臣も、背景には原料の絶対量不足ではなく、特定品目における流通や在庫の偏りがあるとの認識を示しています。

各社はその後対応を再開したものの、今回の事例はナフサ由来製品の供給制約が住宅設備や建材分野にも波及することを示しました。

建材の値上げ幅は40〜80%

5月出荷分を中心に、主要建材の値上げが相次いでいます。積水化学工業は塩ビ管を12〜20%値上げし、旭化成建材も断熱材(ネオマフォーム等)で受注制限と価格改定を実施しました。日本ペイントはシンナー製品を75%値上げしています。田島ルーフィングもルーフィング(屋根防水シート)で40〜50%の値上げを発表しており(新建ハウジング、2026年4月)、建設資材全体にわたる価格上昇が続いています。

住宅設備の受注停止や建材価格の上昇は、新築住宅やリフォーム工事の見積もりにも影響しており、一部では工期の見直しや着工延期も発生しています。

食品・流通分野への波及 包装材から食卓まで

食品・流通分野では、包装材を通じて影響が広がっています。食品の袋やトレー、ラップフィルム、印刷インクなど、食品包装に使われる素材の多くがナフサを起点としています。

包装材の大幅値上げ

2026年5月1日出荷分を境に、食品包装業界で大規模な価格改定が実施されました。エフピコチューパは規格OPP防曇フィルムを35%以上、おにぎり・サンドイッチフィルムを30%以上値上げしました。
東京インキもグラビアインキ関連製品を30%以上改定しており、食品・日用品・医薬品の包装印刷を支える基幹原料のコスト上昇が広がっています。

こうした影響は食品メーカーにも及んでいます。帝国データバンクの調査では、ナフサ関連製品の調達リスクに直面する可能性がある製造業4万6,741社のうち、食料品製造業が約8,200社と最も多い結果となりました。
足元では食品価格への影響は限定的にとどまっていますが、包装コストの上昇が続けば、今後は食品価格へ波及する可能性もあります。

包装材は製品1個あたりのコストに占める割合こそ大きくありませんが、使用量が膨大なため、食品メーカーや日用品メーカーの収益を圧迫する要因となっています。

食品メーカーが最初に削るのは「中身」ではなく「周辺コスト」

包装材価格の上昇が続く中、食品メーカー各社は直ちに製品価格へ転嫁できるとは限りません。特に価格競争の激しい食品市場では、値上げによる販売数量の減少リスクも大きいためです。

そのため企業はまず、包装仕様の見直しや印刷工程の簡素化、使用資材の削減など、製品本体以外のコスト抑制策を進める傾向があります。包装フィルムの薄肉化や印刷色数の削減、ラベル仕様の変更などはその代表例であり、消費者が気付きにくい部分からコスト吸収が始まります。

しかし、こうした対応にも限界があります。包装材メーカーや印刷会社のコスト上昇が続けば、最終的には食品価格そのものへの転嫁が避けられなくなる可能性があります。ナフサ由来原料の供給制約は、単なる包装材価格の問題にとどまらず、食品サプライチェーン全体の収益構造に影響を及ぼし始めています。

また、包装材や印刷資材のコスト上昇は、一般的に数か月の時間差を伴って製品価格へ反映される傾向があります。足元では食品価格への影響は限定的ですが、原料市況の動向によっては、今後さらなる価格改定が広がる可能性もあります。

物流・流通分野への波及 梱包材と車両関連資材の二重圧力

物流・流通分野は、梱包資材や副資材、車両関連資材の面からナフサ不足の影響を受けています。

梱包・緩衝材の出荷制限

エアキャップ(気泡緩衝材)や発泡スチロールなど、物流に欠かせない梱包資材でも供給制約が広がっています。業界大手メーカーは2026年4月20日以降の注文について「昨年度の出荷量実績を上限とする」という方針を公式に発表しており、EC物流・家電輸送・引越し用途など代替が効きにくい分野で影響が広がっています。

新規受注の納期回答が困難な品種も拡大しており、「必要な量を必要なタイミングで確保できない」という状況が広がっています。一部の発泡スチロール製造企業では5月出荷分から30%前後の価格改定も実施されています。

エアキャップや発泡スチロールは家電・食品・EC物流など幅広い分野で使用されており、供給制約は物流会社だけでなく荷主企業の出荷計画にも影響を及ぼしています。

潤滑油と資材調達コストの上昇

物流車両に使われる潤滑油を含む石油由来製品のコスト上昇に加え、梱包資材の供給制約も深刻化しています。

なかでも影響が大きいのが、パレット梱包に欠かせないストレッチフィルムです。日本倉庫協会が2026年4月に会員企業498社に実施したアンケートでは、約7割が中東情勢の影響を「受けている」と回答しています。

具体的には希望数量の6〜7割しか入荷しない発注制限、納期の大幅な遅延、2〜5割の価格上昇が報告されています。ストレッチフィルムが調達できなければ貨物の落下など労災リスクが高まるほか、パレット積みができずバラ積みになることでドライバーの荷降ろし負担も増大します。

PPバンドやOPPテープなど関連資材でも供給制約がみられ、輸送コストの増加を通じてサプライチェーン全体へ波及しつつあります。

サプライチェーン全体の課題 中小企業への集中と納期の長期化

ナフサ由来製品の供給制約がもたらす影響は、産業ごとに均等に広がるわけではありません。価格交渉力の弱い中小企業への影響が大きい一方で、その波及先も建設・食品・物流にとどまらず、さまざまな産業へ広がっています。

大口優先が生む調達格差

帝国データバンクの分析では、調達リスクに直面する可能性のある企業の約9割が資本金1億円未満の中小企業でした。

供給が制約される局面では大口顧客が優先されやすく、価格交渉力や調達力の弱い中小企業ほど影響を受けやすい構造があります。仕入れコストの上昇分を販売価格に転嫁しにくい立場にある中小・下請け企業にとって、今回の供給制約は経営上の直接的な負担となっています。

納期の長期化とBCP対応の難しさ

出荷制限が広がることで、資材の納期延伸が各地で報告されています。建設・製造・食品のいずれの現場でも「欲しいときに欲しい量が届かない」という状況が生まれており、在庫の積み増しによる資金負担が中小企業のキャッシュフローを圧迫しています。

BCPとして代替調達先を確保していても、今回のように原料が川上から絞られる場合は代替先も同じ制約を受けるため、BCP計画そのものの見直しを迫られているケースも出ています。

印刷・医療・農業にも

影響は建設・食品・物流にとどまりません。印刷インキの不足による受注調整も報告されています。

農業分野ではハウス栽培用フィルム、医療分野では軟膏チューブや滅菌袋など、代替が難しい資材への影響も指摘されており、ナフサ由来製品の影響範囲はさらに広がっています。

経済産業省の鉱工業指数によると、無機・有機化学工業(ポリエチレン・合成ゴム・エチレン等を含む)の生産指数は前月比8.6%、前年同月比15.1%低下しており、石油化学産業全体で生産活動の停滞が進んでいることを示しています(経済産業省「鉱工業指数」2026年3月)。

まとめ

ナフサの需給逼迫は、石油化学業界の川上から始まり、建設・食品・物流・印刷・医療と、産業の広い領域に段階的に波及しています。価格上昇にとどまらず、受注停止・出荷制限・納期遅延という「量と時期の両面での制約」が同時進行しているのが今回の特徴です。影響は均等ではなく、価格交渉力の弱い中小・下請け企業ほど直接受けやすい構造になっています。

政府は6月2日の第9回中東情勢関係閣僚会議でも「全体として必要な量は確保できている」との立場を維持しています。一方、中東情勢は依然として流動的で、ホルムズ海峡の通航正常化の見通しは立っていません。停戦交渉の行方や代替調達の進捗によって状況は変わりえますが、今夏以降も供給制約が続く可能性があります。

自社のサプライチェーンのどこにナフサ由来の素材が使われているのか。まずはそれを把握することが、供給リスク時代における実務上の第一歩となります。次回(第3回)は、代替原料・分散調達・BCP・GX投資の観点から企業の備えを整理します。

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