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ナフサ不足がもたらす産業・エネルギーへの影響【第1回】ナフサ不足はなぜ起きるのか ―エネルギー市場の変化と供給構造の課題―

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食品トレーやラップフィルム、建材、自動車部品など、日常生活と産業を支える製品の多くは、「ナフサ」という石油化学原料を出発点につくられています。 2026年春以降の中東情勢の緊迫化を受けて、そのナフサの調達環境が大きく変化しています。一部では納期の長期化や調達コスト上昇への懸念も広がっており、政府の説明と製造現場の実感の間には温度差が生まれています。 なぜ今、ナフサの供給リスクが高まっているのか。背景には中東情勢だけでなく、GXによるエネルギー構造転換という長期的な変化も重なっています。基礎知識から供給構造の変化まで、全3回シリーズの第1回として整理します。

ナフサとは何か 産業を支える「見えない原料」

ナフサは石油化学産業の根幹を支える基礎原料です。身近な製品の多くがナフサを起点としている一方、その存在は一般にはあまり知られていません。まず基本的な性質と、産業との関係を整理します。

ナフサの基本的な性質

ナフサは、原油を蒸留・精製する工程で得られる軽質の石油留分です。ガソリンに似た透明な液体ですが、ガソリンのように燃やして使うのではなく、プラスチックや合成繊維の原料となる化学反応に使う点が大きく異なります。

高温で熱分解すると、エチレン・プロピレン・ブタジエンといった石油化学基礎製品が生まれ、これらを出発点にさらに化学反応を重ねることで、合成ゴム・塗料・溶剤・医薬品中間体など数千種類以上の製品がつくられていきます。

【図1】ナフサ分解からの化学品製造フローとCO₂排出
出典:経済産業省「素材産業の国際競争力強化に向けた産業政策」令和8年5月

身近な製品とのつながり

おにぎりのフィルム、お弁当の容器、シャンプーのボトル、断熱材、配管材、自動車のバンパー、タイヤのゴム、インクの溶剤、これらはすべてナフサを起点としています。

ただし、ナフサは製品ごとに別々の化学経路で枝分かれしながら加工されるため、あるルートのナフサを別のルートに転用することはできません。建材・包装材・物流資材など、川下産業への影響が幅広く広がりやすいのは、この構造的な特徴によるものです。
今回のナフサ問題を考えるうえでは、「在庫量」だけでなく「必要な場所へ必要な形で届くか」という視点が重要になります。

産業における位置づけ

素材産業(化学・ゴム・プラスチック等)は製造業の出荷額の約18%、付加価値額の約21%を占めており、自動車に次ぐ製造業第2位の規模です(経済産業省「素材産業の国際競争力強化に向けた産業政策」令和8年5月)。ナフサはその根幹を支える原料であり、供給環境の変化は製造業全体に波及しやすい構造になっています。

ホルムズ海峡の通航リスクと、物流への実務的な影響

今回のナフサ需給逼迫の直接の契機は、ホルムズ海峡の通航リスクの高まりです。世界のエネルギー輸送が集中するこの海峡で何が起きているのか、そして日本の調達現場にどう波及しているのかを整理します。

世界のエネルギー動脈としての位置づけ

ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ世界有数のエネルギー輸送ルートです。世界の海上石油取引の約4分の1に加え、多くのLNG輸送もこの海峡を通過しています(資源エネルギー庁)。
日本の原油輸入の9割超はホルムズ海峡経由とされており、通航リスクの高まりはエネルギー価格や調達コスト全体に直結しやすい構造です。

物流への実務的な影響

2026年春以降、通航リスクを受けて海上輸送の実務に直接影響が出ています。船腹需給の逼迫、戦争保険料の急騰、紅海航路を回避して喜望峰(アフリカ南端)を迂回するルートへの切り替えによる2〜3週間のリードタイムの延伸が生じています。こうした物流コストの上昇が、ナフサを含む調達コスト全体を押し上げています。代替調達も進んでいますが、代替手段があることと代替が十分であることは同じではありません。

「停戦成立」と「物流正常化」は別の時間軸

足元では米・イランの停戦をめぐる交渉が続いており(英紙フィナンシャル・タイムズ、2026年5月23日報道)、情勢は流動的です。ここで押さえておきたいのは、「停戦成立」と「物流正常化」は別の時間軸で動くという点です。停戦後も物流が正常化するまでには時間がかかります。

保険市場の回復、タンカー会社による標準航路の再設定、港湾オペレーションの正常化など、それぞれ別のプロセスが必要になるためです。停戦のニュースが出ても、調達現場への影響が和らぐのはそこからさらに数週間から数か月後になる可能性があります。

需給逼迫を深める、複合的な背景

ナフサの供給リスクは、ホルムズ海峡という単一要因だけで説明できるものではありません。通航リスクの高まりは、調達コストや輸送費の上昇を通じて、樹脂・包装材・塗料など幅広い産業へ影響し、最終製品の価格や納期へ段階的に波及していきます。さらに、その影響を深刻化させているのが、製油所再編やGX推進など、以前から進んでいる構造変化です。

原油市場の変動とガソリン補助金の非対称

原油を精製するとガソリン・軽油・重油・ナフサなど複数の製品が得られますが、現在の精製設定ではガソリンが優先されており、ナフサの収率は原油全体の1割程度にとどまっています。ガソリン需要は政策的な価格抑制の対象となっている一方、ナフサは市場価格変動の影響を直接受けやすい状況にあります。
精製事業者からすれば、補助金で収益が守られるガソリン生産を抑えてまでナフサを増産する動機が働きにくい構造です。燃料の安定供給を守る政策と、化学原料の安定調達を守る政策の間には大きなズレがあります。その境界線が、今回の需給逼迫で改めて浮き彫りになっています。

アジア需要の拡大と国内設備の余力低下

中東情勢以前から、アジア全体のナフサ需要は増加傾向にありました。中国・インド・東南アジアでの石油化学産業の拡大が需要を押し上げる一方、供給側では設備トラブルや減産の影響から需給バランスが崩れやすい状態が続いていました。

国内でも、石油需要の長期的な減少を背景に製油所・石化設備の統廃合が進んでいます。図2に示すとおり、バブル崩壊以降は内需と生産能力の乖離が拡大し続け、2014年の三菱化学鹿島、2015年の住友化学千葉、2016年の旭化成水島と、プラントの停止が相次いできました。こうした再編の積み重ねが、今回のような外部ショックへの調整余力を低下させています。

【図2】国内エチレン生産能力の推移
出典:経済産業省「素材産業の国際競争力強化に向けた産業政策」令和8年5月

日本はエチレン原料のほぼ全量をナフサに依存しており、シェール由来のエタンを主体とする米国や、LPGも活用する欧州と比べても代替手段が乏しい構造です。

こうした構造的な課題を背景に、業界の再編も加速しています。2026年5月には旭化成・三井化学・三菱ケミカルの3社が、総投資額212億円(うち国補助104億円、補助率1/2)をかけて西日本エチレン設備を統合するJVの設立に正式合意しました。

2030年に水島地区のエチレン製造設備を停止し、大阪地区の設備に集約するとともに、旭化成の触媒反応技術「Revolefin」を活用してバイオエタノールを原料とするグリーン基礎化学品の製造設備を整備し、34年度を目途に大阪での商用生産開始を目指します。この再編によるCO2削減効果は年間約50.6万トンと試算されています(経済産業省「素材産業の国際競争力強化に向けた産業政策」令和8年5月)。

国産ナフサ価格は、2026年1〜3月期の1キロリットルあたり65,700円(確定値)から、中東情勢の影響で4月には101,000円台(前期比約1.5倍)に急騰しています。5月分も引き続き高水準で推移しているとみられます。(財務省貿易統計新電力ネット「ナフサの価格推移」

脱炭素との関係 「燃料は減っても原料は残る」というねじれ

GXによるエネルギー転換は、ナフサの供給構造にも新たな複雑さをもたらしています。

GX(グリーントランスフォーメーション)推進のもと、石油の燃料需要は長期的に縮小する方向にあります。発電部門や輸送部門では再生可能エネルギーや電気自動車への移行が進む一方で、石油化学原料としてのナフサ需要は当面維持される見通しです。「燃料としての石油は減る、素材原料としての需要は残る」という非対称な移行が、供給と需要の間に新たなねじれを生んでいます。化学産業では「脱石油が難しい用途」が残り続ける可能性があり、製油所の稼働率が下がるほどナフサの生産余力も縮みかねません。

GX推進に伴い、航空燃料のSAF(持続可能な航空燃料)やバイオ燃料との原料競合も新たな課題となっています。バイオナフサやケミカルリサイクルなど代替原料への転換も動き出していますが、現状では規模はまだ限定的です。こうした代替原料への移行は、エネルギー転換期における化学産業の構造課題の一つといえます。

「燃料の備蓄」と「化学原料の備蓄」は別物

政府の石油備蓄とナフサの調達リスクは、制度上、別の問題として動いています。この構造的な分断が、今回の需給逼迫をより難しくしている要因の一つです。

備蓄制度の構造的な限界

政府が石油備蓄を持っていても、ナフサの調達リスクはそのまま解決しません。日本の石油備蓄法は燃料としての原油や石油製品を対象としており、化学原料としてのナフサは国家備蓄の対象外だからです。国内のナフサ在庫は通常20日程度とされており、燃料油と比べて極めて薄い安全バッファーの上で産業が動いています。石油備蓄放出が続いていますが、それはあくまで燃料の話です。

政府の対応と残る課題

政府は対応を進めています。国家備蓄石油の第2弾放出(約20日分)を5月1日から実施し、「重要物資安定供給タスクフォース」を設置して優先供給の調整を進めています。

ただし、川上・川中・川下にまたがるサプライチェーン全体の把握にはなお課題が残っています。赤澤経済産業大臣は会見で塗料用シンナーについて「川上(製油所・石化一次メーカー)では国内供給が継続しているが、川中(有機溶剤の配合・ブレンド業者)のどこで課題が生じているか確認中」と述べており(経産省「赤澤経済産業大臣閣議後記者会見」2026年4月3日)、供給網全体の実態把握が続いている状況です。

化学原料としてのナフサを特定重要物資に指定する枠組みの検討も始まっていますが、制度整備にはなお時間を要する見通しです。

まとめ

ナフサの需給逼迫の背景には、ホルムズ海峡の通航リスクだけでなく、中東依存という調達構造の脆さ、アジア需要の拡大、国内製油所再編による供給余力の低下、そしてGX推進による構造変化が重なっています。

今後は、停戦交渉の進展によって物流や調達環境が徐々に改善へ向かう可能性がある一方、交渉の長期化によって代替調達コストの高止まりや、川下産業への価格転嫁が続くシナリオも想定されます。

政府の備蓄は「燃料」を守る仕組みであり、化学原料としてのナフサは別の問題として動いています。在庫が「ある」と「届く」は違う。この構造を理解することが、今回の供給制約を考えるうえで重要な視点となります。

脱炭素と安定供給をどう両立するのか。ナフサをめぐる問題は、エネルギー転換期における日本の産業構造そのものを映し出しているともいえます。サプライチェーンの目詰まりが自社のどの製品・工程へ波及するのか、今後は企業側にも継続的な点検と備えが求められます。

次回(第2回)は、原料価格の変化が建設・物流・食品などの川下産業へどう波及していくのかを、サプライチェーンの視点から整理します。中小企業への影響も含めて読み解きます。

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