電力自由化はブランドスイッチをめぐる闘い!

2016年05月24日

スカイライトコンサルティング株式会社

ソーシャルイノベーション・ラボ リーダー 斉藤学

電力自由化はブランドスイッチをめぐる闘い!の写真

本コラムでは電力自由化時代のマーケティングについて『ブランドスイッチ』という視点から、顧客の獲得・維持に有効と考えられているマーケティング手法について取り上げ、その効果を高めるためのポイントを提言します。

イントロダクション

低圧電力(50kw未満)の小売り自由化が2016年4月にスタートし、総額8兆円とも言われる電力市場へ様々な形で参入をする事業者が増えています。低圧電力の利用者の多くは一般消費者(個人)向けです。したがって今後、同市場では個人向けの様々な新しい魅力的な電力サービスの提供はもちろんのこと、自社の商材を最大限に活用して、そのサービス価値を高め、顧客の獲得・維持を行うための綿密なマーケティングの実施が重要となります。

本コラムでは『電力自由化時代のマーケティング~ブランドスイッチに関する7つの疑問について考える』をテーマに、個人向けを中心とした低圧電力小売市場において、現時点で顧客の獲得・維持に有効と考えられているマーケティング手法について取り上げ、他業界での活用事例や電力業界での最新の動きなどを紹介しながら、その効果をより高めるためのポイントを提言していきたいと思います。

特に電力市場は長らく地域独占によるサービス提供が行われてきたことから、自由化後のマーケティングの方向性も、既存電力会社にとっては「自社顧客離脱を如何に最小限にするか?」がポイントであり、一方の新規参入者である新電力にとっては「既存電力会社から如何に顧客を奪う(切り替えさせる)か?」がポイントとなります。つまり低圧電力小売市場の競争は当面「既存電力(1)対新電力(N)のブランドスイッチ(切り替え)をめぐる闘い!」であるといえます。

今回の電力市場の自由化に類似した過去の事例として通信市場がよく引き合いに出されます。筆者はかつて通信業界に身を置き、独占的な市場に対して規制緩和と競争促進が政策的に進められた業界の渦中にいました。そして、市場トレンドの変遷やその中でのプレイヤー(事業者)の変容を目の当たりにし、その荒波にほんろうされた経験があります。

通信業界と電力業界では同じライフライン産業でありつつも、自由化の背景、業界構造、サービスの特性などの面で異なることも多く、一様に比較することができないまでも、社会インフラとして政府の管理下での独占的市場であった点で似ていることもあり、過去の事例からこれから起こる競争をある程度推測することができると考えております。今回のコラムでは一足早く自由化が進んだ通信市場での事例や現在の競争環境なども踏まえた上で、現代のマーケティング戦略のトレンドの中から以下の4つをテーマに「ブランドスイッチをめぐる闘い」の話を展開する予定です。

本コラムにおいてキーとなるテーマ

  1. お得感を引き出すマーケティング
  2. 顧客エンゲージメントの強化
  3. 顧客経験価値の提供
  4. 顧客生涯価値(LTV)の最大化

今後のコラム内容

本コラムでは個人向け電力小売市場において一般的に有効と考えられているマーケティング手法を「7つの疑問」という形で論点(Issue)を提示し、それぞれの論点に対する他業界での成功事例と電力業界の取り組み状況、マーケティング手法としての今後の可能性ついて考察します。各回で取り上げるテーマと記載概要は以下の通りです。

[第1回]電力自由化はブランドスイッチをめぐる闘い!
  1. イントロダクション
  2. 疑問1:安ければ誰でもスイッチングする?
[第2回]お得感を引き出すマーケティング①
  1. 疑問2:セット販売は有効?
[第3回]お得感を引き出すマーケティング②
  1. 疑問3:ポイント・割引・特典サービスは有効?
[第4回]顧客エンゲージメントを強化する①
  1. 疑問4:ネット活用って有効?
[第5回]顧客エンゲージメントを強化する②
  1. 疑問5.:診断・比較サービスは有効?
[第6回]顧客経験価値の提供①
  1. 疑問6:ソリューション販売って有効?
[第7回]顧客経験価値の提供②
  1. 疑問7:顧客属性分析って有効?
[第8回]重要なのはターゲット顧客の見極めと顧客生涯価値(LTV)の最大化
  1. 低電力小売ビジネスのマーケティングに関するまとめ
  2. ターゲット顧客を見極め、適切なマーケティングを行う

個人向け電力市場における利用切り替え(ブランドスイッチ)の要因

電力広域的運営推進機関の発表では、電力自由化が始まってから1ヶ月が経過した4/22時点で74万4,400件が利用する電力会社の切り替えを行ったとされています。4/1時点で53万件だったので、着実に切り替え数は増加していますが、対象となる全世帯の割合でみると約1.2%に過ぎず、その出足はまだまだゆっくりとしています。ただし、先行して自由化された法人向けの高圧電市場が、10数年かけて新電力系のシェアが10%程度まで増えたことを考えると競争が進むのはまだまだこれからと言えるでしょう。

ところで、利用者は電力サービスを選択する際に、どのような点を考慮しているのでしょうか?みずほ情報総研が一般消費者向けに昨年5月に調査を実施した「電力自由化に向けての消費者の電力小売企業・サービス選択基準に関する意識調査」によると、80%超の回答者が「電気料金が現在より低ければ、電力供給会社を乗り換えたい」と回答 しています。他の類似調査でも「価格」が最も大きい選択要因となっていますし本コラムを読まれている方の肌感覚とも一致していると思います。また価格が5%程度引き下げられると19%の利用者は他社のへの切り替えを検討すると回答しています。

この5%という数字は実際筆者がこれまで関係者からヒアリングした感触とも合致しています。他の商材では10%引きぐらい当たり前の中で、5%というのはやや小さめの数字ですが、継続的に一定量の消費をし続ける電力のような商材においては、消費者も長期での利得を考える(小さな差も長期的には大きな差となると考える)傾向が強くなることが理由の一つにあると考えられます(住宅ローンなども同様ですね)。

一方、同調査ではもう一つ注目すべき傾向があります。では実際に事業者を選択する際に重視する要素は?いうと実は価格ではなく「供給の安定性」が最も多いことが分かります。これも東日本大震災をきっかけとした首都圏でも計画停電やその後の電力需給の逼迫などを経験している消費者としては当然の判断だといえます。

疑問1:安ければ誰でもスイッチングする?

つまり価格による切り替え(スイッチング)は、スイッチング先の事業者がいままで利用していた電力会社と同等(もしくはそれ以上)の安定した供給能力があるということが、選択の際の大前提にあることがわかります。また、利用できる電力サービスも(少なくとも国内においては)事業者によって品質や利用価値に差がないと消費者が考えていることも価格重視の要因の大きな理由であると思われます。逆にこのことは

A)「供給の安定性」において既存電力会社や他社と同等以上であること

B)「品質、利用価値」において既存電力会社や他社より優位なものがあること

をまずはしっかり消費者に訴求することが、マーケティングの基本戦略であると言えます。以下、価格競争において考慮すべき要素の例を示します。

価格競争において考慮すべき要素の例

A) 市場の特性
  1. 市場シェア、競合の数
  2. 商品・サービスの社会的な浸透度
  3. ブルーオーシャン(新規開拓)の可能性の有無
  4. 政府による介入の影響
B) サービス利用の特性(利用形態、支払額、季節変動・地域性など)
  1. 熱電源比率(電気と熱の利用割合)、昼夜、季節変動・寒暖差(夏・冬)による需給バランス
  2. 電源(生産設備)と送電(流通網)の設置場所、構成、偏在がサービス提供能力をほぼ決定
C) 競合の特性
  1. 同業者からの参入(他エリアの既存電力会社、ガス、石油卸等のエネルギー会社)
  2. 異業者からの参入(通信、IT、商社、etc.)

価格競争のマイナススパイラルを避けるために

価格競争は事業者にとって事業体力の消耗につながることが多く、また他者の追随も比較的容易であることから恒久的なマーケティング戦略とすることは一般的に困難です。またドイツ、フランスなどにおける大手電力会社が電力自由化によって苦境に立たされているように、価格競争が業界のトレンドとなることによって、利用者からの価格引き下げ圧力がさらに強まり共倒れになる可能性があります。

ポイント

■単純な価格競争では差別化しにくい

・電気に色はない

■“電気”単体ではなく、“ライフサイクル”コストの視点での訴求

・光熱費全体でのアプローチ
・ライフスタイルに着目したアプローチ(昼夜、夏冬)
・ライフイベントに着目したアプローチ(引越・新築、結婚、子供の成長)

個人が世帯単位で支払う電気料金は、中小規模の事業主で低圧電力を契約している場合は別として、おおよそ数千円から1万円がせいぜいでしょう。対象者が多いので市場規模は大きく見えますが、世帯単位の総額では通信会社への支払いの方が多いご世帯も多いと思われます。

その点を踏まえると、電気サービスを自社にしてもらうことのメリットを、電気料金のみに求める戦略には早々に限界が見えてしまいます。価格以外の価値訴求アプローチとして現状各事業者が取り組んでいる代表的なものとしては、他のエネルギー商材との組み合わせによる光熱費全体での価値訴求、ライフスタイル(日時変動、季節変動、家族構成等)に合わせた価値訴求、ライフイベント(引越・住居の新築、結婚や出産、子供の成長)のタイミングに合わせた価値訴求が一般的です。これらの価値訴求アプローチについては第2回以降で掘り下げて話をしたいと思います。

今回のまとめ

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執筆者情報

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ソーシャルイノベーション・ラボ リーダー 斉藤学

官公庁、大手民間企業を中心に社会変革に繋がる様々なプロジェクトに従事。専門はプロジェクトマネジメント、新規事業開発、ソーシャルマーケティング等。所属企業におけるコンサルティング業務の傍ら、非営利団体・大学等教育機関を対象としたプロボノ活動を展開中。一般社団法人PMI日本支部理事(教育国際化)、一般社団法人新興事業創出機構(JEBDA)理事、北海道大学非常勤講師、広島修道大学・広島市立大学非常勤講師、PMP(Project Management Professional)。

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